春浅し

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休日前の金曜日。 莉緒那は約束どおり、歓迎会という名目で帝国ホテルのディナーを予約してくれた。 クラシカルな趣のレストランに到着し、「少し遅れる」と連絡があった莉緒那を、案内されたテーブルで待っていると、 「成瀬様、お連れ様がいらっしゃいました」 5分も経たないうちに声がかかる。 メールをチェックしていた泉は、思いのほか早く到着した親友に笑顔を向けたつもりだったが、一瞬にしてその顔が曇った。 ―― ナゼ、アンタがいるの 「テーブルをお間違いではありませんか?」 「いいえ、間違っていません」 泉の真向いの席に、不破は腰をおろした。 「ひどいじゃないですか。僕を置いていくなんて。慌てて追いかけました」 「不破先生とディナーの約束をした覚えはないのですが」 「奇怪(おか)しいですね。成瀬さんの歓迎会をすると聞いたのですが」 不破は片手をあげてウェイターを呼んだ。 「シャトー・オー・ブリオンの2014年物があればお願いします」 どうしてそれをっ! 「かしこまりました」 ウェイターが立ち去るなり、険しい顔で詰め寄る。 「わたしたちの会話を盗み聞きしましたね」 「まさか。そんなアナログなことはしない。どうせするなら盗聴かな」 「盗聴?!」 嫌悪感丸出しの泉に、不破が笑顔を見せる。 「してないよ。犯罪だから」 ニコニコ。 ―― したな。絶対した。 「僕には、成瀬さんが好きなワインがわかるんだ。なぜなら86,400秒、いつもキミのことを考えているから。それより、そろそろ敬語はやめようか」 暗算が得意な泉は、頭でソロバンをはじく。 1時間は……3,600秒だから、86,400秒割ることの……ああ、やっぱりそういうことか。敬語云々の前に、せめて「24時間」って云いなさいよ。  この男だけかもしれないけど、一日を秒単位で表わす理系の思考回路って、本当に気持ち悪っ!
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