5・忍び寄る!マウンティング&匂わせ(SIDE愛)

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5・忍び寄る!マウンティング&匂わせ(SIDE愛)

   いけないと頭ではわかりつつも、今日もまた香山課長のインスタをチェックしてしまった。  彼女はあんまり投稿しないし、ビジネス絡みのセミナーとか、読んだ本とか、そういうテーマが多いんだけど、もしかしてまた先輩が写ってないかな、と気になってしまう。  それほど、先日見た「#デート」はモヤモヤした。それに、香山課長本人に会って、彼女が私を牽制していることを確信してしまった。傍で聞いている人にはわからないかもだけど……、  ――うちの安藤がお世話になっているそうで、ありがとうございます。彼、長谷川さんにご迷惑かけてないといいけど。  その言葉の中には、単なる上司としての挨拶ではなく「彼の所有権は自分にある」という圧力が感じられた。アドレナリン爆発して、ブラ+パンツでハッスルしたのはそのせいだ。負けてなるかと血が沸いてしまったのよ。 「そりゃ間違いなくマウンティングだねぇ」  ラグーのたっぷり絡んだリガトーニを優雅に口に運びながら、さゆりさんが柳のような眉をひそめる。サンゴ色に彩られた唇に、ソースの一滴もつけずに食べるテクニックが素晴らしい。私なんて口の周りが明太子みたいになっているのに。  ここは、オフィス街のカジュアルなイタリアン。今日は女二人で仕事帰りのお食事会である。私も就職してもうすぐ半年。やっと日々の業務のリズムがつかめてきた。さゆりさんの会社と私が勤める病院は歩いて10分ほどの距離なので、たまにこうして仕事帰りにデートすることがある。 「やっぱりそうですよね。なんなんですかねぇ、全く」  私は生ハムとルッコラのサラダに、添えのレモンをきゅっと絞った。指の力が強いので、かんたんにくし型レモンがぺちゃんこになる。ライバルもこんな風にひねり潰せればいいのにな。 「そうやって生きてきたんでしょうよ。自信がある女に多いよ。私もやられたことあるし」 「ええっ、さゆりさんも?」  私ならいざ知らず、美人でスタイル良しのさゆりさんに、マウンティングする命知らずがいるとは。それって、もちろん高橋先輩の関係だよね? ああ見えて(失礼)高橋先輩もけっこうモテるからなぁ。 「彼を狙ってる子があっちの職場にいるのよ。会社帰りに偶然会ったから挨拶したら、『えー、お姉さんかと思いました』だって。ババアって言いたいんだろうけどさ」 「えっ、それで高橋先輩は何てフォローしたんですか?」 「姉さんじゃねぇし、嫁さんだし、って」  そう言って、さゆりさんは少し照れたように顔をそむけた。かーっ、かわいい! さゆりさんは、見た目がシャープな美人さんで、ハキハキしてるから勘違いされるけど、中身は純な乙女なんだよね。ぁあ、ギャップ萌え。ごちそうさまです! 「そうですよね、もうお嫁さんカウントダウンですもんね。いいかげん諦めろ、って話ですよ」  そう、実はつい先日、高橋先輩とさゆりさんの結婚が決まった。ユキ先輩と私も披露宴に招待してもらい、あまりの嬉しさに二人で万歳三唱したよ! 「実は、そのお嫁さんカウントダウンなんだけど」  さゆりさんが、もう一口リガトーニを頬張った。なんだろう、途中で話が切れると不安になるよね。まさか結婚の話が流れたとか? やだやだ、あの高橋先輩に限って、そんなことはないよね?  私の不安が顔に出ていたんだろう。さゆりさんが、ふわっと笑って「ちがうのよ」と首を振った。 「実は、赤ちゃんができちゃって」 「えっ、えええええっ」 「気をつけてはいたんだけど。私、偏頭痛持ちでピル飲めないからリスクは覚悟してたわ。先週、病院に行ってわかったの」  脳がびっくりして言葉にならないけれど、嬉しい方のサプライズだ。それもメガトン級の! そう言えば酒豪のさゆりさんが、今日はノンアルだよ。そういうことか〜。私は手をバタバタさせながら、ようやくお祝いの言葉を絞り出した。 「おめでとうございます! おめでとうございます! いつ生まれるんですか!」 「予定日は、来年の3月よ。だから、結婚式は近日中にごく内輪だけですることにしたの。こっちから誘っといて申し訳ないけど」  さゆりさんは7か月ごろになったら産休に入り、実家で出産するそうだ。こっちへ戻ってくるのはさらに数カ月後なので、しばらく会えなくなるのが寂しいなぁ。そんな表情をキャッチしたのか、さゆりさんから魅惑のオファーがやってきた。 「よかったら、二人で5月の連休に遊びに来ない? 赤ちゃん見たいでしょ」 「わー、もちろんです! 赤ちゃん見たい、抱っこしたい! どうにかして都合つけますよ! 元気な赤ちゃん生んでください」 「ありがとう。安藤くんにもよろしく言っといて。それと、例の課長のことは正直に思ってることを伝えた方がいいわよ。安藤くん、そこらへん鈍いから、言わないとわからないし」 「んー、やっぱりそうですよね……」  これに関しては、どうしたものかと悩ましい。もちろん、先輩の気持ちに関しては、1ミリだって疑ってはいないし、二人の間に何かあったとは思っていない。もしそうなら、先輩は私の前で平常心を保てないはずだ。  それはわかっている、でもやっぱりモヤる。されど、相手は彼氏の上司。そう思いつつ、何気なくブックマークしている加山課長のインスタを開いたら、たった今更新されたところだった。  バーと思われる室内、華奢なグラスの白っぽいカクテル越しに、ぼやけた男性の首から下。どんなにぼやけていてもわかる。それはたった今、思い浮かべていた人だ。ハッシュタグには「#offense」。黙り込む私を、さゆりさんが訝しげに見やる。 「どした?」 「……これ」  どうしていいか判断がつかず、さゆりさんにスマホを見せた。さゆりさんはしばらく画面を眺めて「匂わせるねぇ」とつぶやいた。 「愛ちゃん、やっぱり安藤くんと話した方がいいよ。たぶんこの人、外堀から埋めようとしてるわ」 「外堀?」 「見てごらん、フォロワーに東西スポーツの社員が何人もいるじゃない。プロフィールに社名を書いてない人も足せば、もっといるかも。これだと、会社では噂のカップルになってるはずよ」 「ええええ~」  さゆりさんの調査能力により、自分が考えていたより何倍も香山課長が策士であることを知り、その翌日ユキ先輩に「札幌から帰ってきたら会えますか」とLINEを送った。  ――俺も話がある。今晩は直帰するので家で待っててくれ。  返ってきたメッセージは、ドキドキが2倍になるものだった。何だろう、話って。しかし考えても仕方がないので、私は仕事帰りにスーパーに寄り、家で夕飯を作りながら先輩の帰りを待つことにした。合鍵をもらっているので、一人で来ることはよくあるけど、今日はなんとなく居心地が微妙だ。やがて、先輩の好物のコーンとウィンナー入りシチューができたところで、部屋の主が帰ってきた。 「ただいま。いい匂いだな」 「おかえりな――」  途中まで言いかけて、スーツの腕に抱きしめられた。外の匂いのする生地に鼻を押し付けて、私も先輩の背中に腕を回し、キュッとハグをお返しした。こうするだけで、今からする話が何も心配いらないと感覚的にわかる。  それからユキ先輩はいつものジャージに着替えて、シチューを何回もおかわりしながら、札幌での出来事を教えてくれた。そりゃあショックだったし腹が立ったけど、先輩が何もかもありのままに話してくれたことを嬉しく思う。 「意味わかんないですよ、彼女持ちにプロポーズって。しかも私、顔見知りじゃないですか。人をバカにするのも程がありますよ」  私も素直にキレて、例の匂わせインスタを先輩にチクり、大いに不満をぶちまけた。先輩はやはり自分にまつわる投稿内容は知らなかったらしく、「これはまずいな」と表情を曇らせていた。 「これに関しては、俺がどうにかする。課長が直属の上司なのはどうしようもないが、本人にもちゃんと謝ってもらったから、二度とこういうのはないはずだ」  例のプロポーズの翌朝、香山課長はきっぱりと謝罪したそうだ。思いっきり彼女らしいスタイルで。 「安藤くん、昨日は失礼な事を言ってごめんなさい。私の都合で物事を考えすぎていたわ。きっぱり振られた以上は諦めます。でも、仕事のパートナーとして、あなたを高く評価しているのは本当よ。もちろん結婚相手としても申し分ないので、長谷川さんと破談になったらいつでもどうぞ」  破談になんかならないし! なんかもう、モテる彼氏を持つと精神力を削られるよね。香山課長はプライドが高い人だから、粘着することはないだろうけど、ひとつだけ気になる事がある。 「先輩……、お断りしたことで出世に響きませんか? 課長と結婚したら社長になれたんでしょう」 「はぁ? なれるわけないだろ、東西スポーツはそんな甘い会社じゃない」 「だって、今の社長は会長の娘婿だって言ってましたよね」  めちゃくちゃキャラの濃い創業者が会長で、その娘が専務。そしてその夫が社長で、二人の娘が香山課長だ。なんかコテコテの同族経営、って感じなんだけど。しかも社長は影が薄いって聞いてる。次の代もキャラの濃い香山課長が婿を取って、その人を社長に据えて切り回していくのかと思っていた。 「俺も最初はそう思っていたが、社長は会長みたいな派手さこそないが、東西スポーツの大黒柱だ。俺たち営業の失敗を、自ら客に頭を下げてリカバリーしてくれるし、個人の資質を見抜いて最適なポジションに抜擢してくれる。あの人の働きで、我が社は信用を得てきたんだ」 「いい社長じゃないですか」 「しかも、新入社員の名前を全員分覚えていて、おはよう、お疲れさん、って声をかけてくれる。それがどんなに社員のモチベーションを上げるか。会長があの人を社長に据えたのは、娘の夫だからじゃなくて実力だ。香山課長はわかってないようだがな」  お腹いっぱいシチューを食べた先輩が、食器を持って流しに向かう。食べた後の片づけは、たいてい彼の仕事だ。私は湯沸かしポットに水を入れ、コーヒーの準備にかかった。ようやく、私たちのいつものペースが戻ってきた。何かあったら正直にぶっちゃけて共有する。私たちはそれでいいんだとわかった。  その晩、香山課長の例のカクテルのインスタに、作ったばかりのアカウント「安藤@東西スポーツ」からコメントが入った。  ――お疲れさまです。ここはいいバーでしたね。今度は彼女を連れて行きたいと思います。  以来、ぴったりと課長とのうわさは消えたそうだけど、今度は「彼女いるんだ!」「どんな人なの」と女性社員からの質問攻めにあっているらしい。やれやれ、モテる男は辛いよね!
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