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「お前に何の関係があるんだ。いいから、そこをどけよ、ほら」
「そんな態度の人は、尚更珠里ちゃんには会わせられません!」
面倒臭そうに手をぱたぱたさせて、律子を払いのけるような仕草の北上。
だが、律子にもそこで退いて堪るかという思いがあった。
「どうせ、あれでしょ……君、珠里ちゃんの元彼なんでしょ。それで、よりを戻したいとか何かで、追いかけ回してるんでしょ。あのね、気持ちは分かるけど、そういうのがいちばん嫌われるんだからね」
「はあ!?」
律子が苦言を呈すると、北上はあからさまに顔を歪めて反応する。
「誰が誰の元彼で、よりを戻したいって? ふざけんな、コラ。妄想も大概にしろ。俺はそんな女々しい奴じゃねえ。初恋もまだの、真面目な男なんだっつーの」
「どさくさに紛れて何てことをカミングアウトするの!」
この男、律子の夢という夢を悉く壊してくる。
勿論こちらにも、顔立ちがいいというだけで、それこそ妄想に近いようなイメージを抱いていた身勝手な部分はある。
宛ら自分が少女漫画のヒロインになったかのように空想しても、結局否が応でも北上に付き纏う「初恋もまだ」のレッテル。
初恋がまだということは、要するに「恋愛経験ゼロ」ということ。
そうなってくると、目の前のこのイケメンが、この先俺様ヒーローのように強引に迫ってこようと、キラキラした王子様のように甘く囁いてこようと、常に「でも君、恋愛経験ないんだよね……」と律子の脳内が勝手に突っ込みを入れ、空気を乱しかねない。
律子の少女漫画風妄想物語、終了のお知らせである。
「……君、一応イケメンなんだから、もっと色々とイメージを大事にした方がいいよ。初恋もまだとか、他の人には絶対言わない方がいいと思う。その見た目で恋愛経験ゼロなんて、残念だもん」
「イケメンって、“イケてる顔面”の略かと思ったら、“イケてるメンズ”の略なんだってな。つーことは、イケメンって本来顔の問題じゃないってことだよな」
言葉を拾って思い浮かんだことをひとしきり呟いたのち、北上は言う。特に呟きに意味はないようだ。
「それはさておき、別にいいじゃねえか、初恋がまだでも。恋愛経験がそんなに偉いのかよ。俺は女と付き合ったことはなくても、ゴキブリを素手で掴んだことはあるぞ。家のなかに出た時に、叩けるものも殺虫剤も近くになかったんだけど、とにかく仕留めないとと思って咄嗟に手が出ちまってな」
「……恋愛とゴキブリを手掴みすることの、何が関係あるのよ」
「恋愛とゴキブリを手掴みすることの、どっちが難しいか考えてみろよ。誰かと付き合う奴は世の中にいっぱいいるけど、ゴキブリ掴む奴はあんまりいねえと思うんだ、俺」
先程から薄々感じていたが、北上との会話はどこかおかしいと、律子はいよいよ現実を見る。
否、会話がおかしいのか? 価値観がおかしい? 世界観がおかしい?
とにかく色々おかしい!
「……がさつ過ぎるよ、北上くん」
そう。
この男、がさつなのだ。喋り方も、行動も。
だから先程から自分のペースでしか話をしないし、部室でも一方的に自分の目的だけを果たそうとしていた。この調子なら、恐らく珠里を追う理由も、大方自己都合のものではないかと思われる。
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