ゆうぐれの記憶

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 薄っすらと膜のように青を覆う雲。  少しばかりひんやりとし始めた風とたわむれるように、番いの赤とんぼが追いかけっこをしている姿は、なんとも微笑ましい。  自然と口元が緩んでゆく光景を視線で追いかけては、寂しそうに目を細める女性が一人、たい焼き店『ゆうぐれ』で足を止めた。  鳥取県にあるたい焼き店『ゆうぐれ』。  むかしながらの一匹ずつ独立した鉄型で焼く一丁焼き――天然のたい焼きが食べられると、土日祝日は他県や外国からも人が押し寄せ、行列が出来る人気たい焼き店だ。  いまは平日の早朝ということもあってか、出勤前のサラリーマンの姿がチラホラ見えるくらいだった。  落ち着きのある和栗色に染められた髪を、後ろで綺麗な一つのお団子にまとめ、Aラインのひざ下ワンピースに身を包んだ二十代後半程の女性、『(やなぎ)結子(ゆいこ)』はガラス引き戸を少し開け、店を覗き込むように腰を右に傾けながら、「田中さん」と、声をかける。  その声は少し幼さが残る優しい音だった。 「おぉ。結子ちゃんか」  お店の店主である七十代後半程の男性、『田中(たなか)(ひろし)』は目元に優しい皺を増やしながら微笑む。その顔はまるで、孫でも見るようだった。  それもそのはず。  この店は結子が幼いころから、家族ぐるみでお世話になっているのだ。
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