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年の瀬も迫りに迫った大晦日。僕は無事、赤ちゃんと退院することが出来た。
これで新しい年を家族で迎えることが出来る。
赤ちゃんの名前も無事に決まった。
『湊』と書いて『みなと』と読む。
『湊』という字は字面が僕の『奏』に似ていることと、湊(港)のようにたくさんの人が自然と集まってくるような人になって欲しいという思いが込められていて、葵くんが勉強そっちのけで一生懸命考えてくれた名前だ。
うん、すごく素敵な名前だと思う。
ということで、
篠原湊
今日から篠原家の一員になりました。どうぞよろしくお願いします。
と言っても、実は僕はまだ入籍していないので『篠原』ではないんだけど・・・。
でもでも、番届は出てるから、僕たち3人はちゃんと家族になりました。
そんな僕たち家族はとりあえず、僕の実家の離れに3人で住むことになった。
というのも、葵くんは中学入試準備のため学校を1ヶ月休む届けを出しているからだ。
こんなことにならなくても、中受をする子は大抵休むので、とりわけ珍しいことでは無いのだけど、僕たちにとったら3人で過ごせるからすごくラッキーだった。
けど・・・。
「本当に良かったの?お勉強出来そう?」
離れに着いて色々荷物の整理をしている姿を見ると、なんだか心配になってきた。
この離れは僕の発情期を過ごすために作られているため、普通の住宅と変わらない作りになっている。間取りは1LDK。生活家電と家具は困らない程度に全て揃っているし、バス、トイレもちゃんとある。玄関の他に寝室にもカギがあって、ここはフェロモンや声が漏れないように防音室になっている。
とは言ってもそんなに広くないから、葵くんが集中して勉強できるか心配。
「大丈夫ですよ。このリビングで十分出来ます。それより奏さんの方が心配です。1ヶ月は床上げせずに横になっててください。間違っても家事とかしないでくださいね。奏さんの仕事は湊のお世話ですからね」
葵くんは僕にそうクギを刺すとテキパキと荷物をしまい始めた。僕はそれを湊を抱っこしながらソファに座って見ている。
そうは言ってもなんだか申し訳ない。
そう思っているとローテーブルにお茶が置かれた。
「愛されてますね。奏さん」
片付けの手伝いに来てくれた志乃さんだ。
実は新居をこの離れにしたのは志乃さんがいたからだ。
篠原家は共働きで昼間は誰もいないし、お世話になっている手前、僕も何もしないという訳には行かない。いや、何もしなくていいとは言ってくれてるけど、僕の方が無理。嫁(?)の立場で何もしないなんて、そんな図々しいことできません。その点実家ならなんの気兼ねもないし、志乃さんは兄と僕のベビーシッターだったから湊のお世話もお手の物だ。
そういう訳で、床上げするまでの1ヶ月間、この実家の離れに住むことになったんだ。
「湊くん、眠ってしまいましたね。ラックに移しますか?」
志乃さんに言われてみると、湊はすやすや寝ていた。
着いて早々授乳の時間になったのであげてたんだけど、お腹いっぱいになって寝てしまった。
「このまま抱っこしてるよ。座ってるだけだし」
本当は僕も動きたいけど、さっき葵くんにクギ刺されちゃったしね。
僕は肩に湊を乗せてげっぷを出させると、おむつを替えてまた縦抱っこした。
胸にかかる心地よい重みと体温。
温かい。
赤ちゃん特有の高い体温を感じると、どうしようもない愛おしさが湧き上がってくる。
もうかわいくて仕方がない。
すると片付けが終わった葵くんが隣に座った。
「かわいいですね」
そう言って湊の顔を覗き込む。
そこへ、志乃さんが葵くんのお茶も置いてくれた。
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