予言の巫女の誤算

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 剣と魔法が支配する、とある王国。人間と妖精族が仲良く共存し、幸せな暮らしを続けてきた。  数百年にも及ぶ平和は、しかしその陰では、一人の預言の巫女のたゆまない努力のおかげで守られてきた物だった。  その巫女は不老不死という噂で、確かに数百年もの間、人間の娘ならば17,18歳という感じの若々しい乙女の姿のままだった。  巫女は一年中一日も休むこと無く、修行と神々への祈りの儀式を行い、その恩寵として予言の力を授かっていた。  その巫女は両手の指では数えきれない回数、その王国を存亡の危機から救い、王国の民の命と暮らしを守った。  巨大なドラゴンの群れが王国に現れた時は、巫女の預言でその事を知っていた国王直属の騎士団が、万全の準備を行えたため、王都の城壁の中にドラゴンの侵入を許さず、撃退する事ができた。  王都直下型大地震が起きた時も、巫女の事前の預言のおかげで民全員が前の夜から王都の南の大草原に避難しており、崩れそうな建物の周りをロープで囲って立ち入り禁止にしておいたため、一人の犠牲者も出なかった。  カンムリ病という未知の流行り病が王国に蔓延し始めた時も、巫女の預言のおかげで王国の魔法使いたちが、あらかじめ治療のための薬草を大量に用意していたため、誰もその病気で死ぬ事はなく、かかった者たちも半月で回復し、じきに流行り病は終息した。  ある年の春の日、巫女が久しぶりに神殿のバルコニーにその麗しい姿を現し、切迫した声色で王国の民に呼び掛けた。 「みなさん! 十日後に恐ろしい事が起こります。北の帝国がこの王国に攻め込んで来ます。帝国軍は邪悪な黒魔法の兵器を手に入れたのです。早く防衛の準備と民の安全な場所への避難を!」  その言葉は王宮へはもちろん、国中に伝えられた。だが、国王も騎士団も商人も農民も、誰も準備をしようとしなかった。  折しも、春の祭りの時期だった事もあってか、人々は夜ごと広場や酒場での宴に夢中だった。  とある酒場では騎士が酒を飲みながら巫女を称えた。 「いや、さすが我らの巫女様だ。俺たちとは言う事が違う」  市場の片隅では商人と客がこんな会話を交わした・ 「おい、聞いたかい。北の帝国が攻めて来るんだとよ」 「もちろんだ。正確無比の預言の巫女様だからな。スケールがでかい」  こんな調子で王国の誰一人、その迫りくる危機に対処しようとせず、ただ日々がむなしく過ぎて行った。  そしてきっちり十日後、王国の北から漆黒の鎧に身を固めた帝国の軍団が侵攻してきた。その兵士の数、数万。  しかも帝国の軍団は騎士も歩兵も黒魔術を使った強力な武器を持っており、王国の騎士団は成す術もなく敗退。  王都の城壁もやすやすと破壊され、王の城もあっけなく陥落。王国の民も大勢が虐殺され、生き残った者たちも帝国の奴隷にされる事になった。  王の城が炎に包まれているのを神殿から見ていた預言の巫女は、自分の使命を果たせなかった事を悔い、自ら毒を飲んでその命を絶った。  王都陥落の数日後、帝国の将軍が王国内の視察を終えて陣地へ戻って来た。将軍は直属の騎士たちと円卓に座って語り始めた。 「危ないところだった。我らの侵攻は既に王国中に気づかれていたとはな」  騎士団長が将軍の言葉にうなずきながら言った。 「まったくでございます。その、預言の巫女とやらが、一日早くか遅くに、その事を告げていたら、我々とて勝てたかどうか」  将軍は眉をしかめて聞き返した。 「日がどうかしたのか?」 「その巫女が、我々の侵攻を預言したのは、第4の月の最初の日だったそうでございます」 「なるほど、この国の暦で言うところの4月1日だったか。それで誰も信じなかったのだな」
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