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またママが怒っている。ママはいつも怒っている。ママはいつも叱っているのだと言うけれど私はママは怒っていると思うのでやっぱりママは怒っているのだと思う。ママが怒っているときいつもパパは虫とお話をしている。パパの頭の中には虫がたくさんいる。パパはママと結婚して私が生まれたころから頭の中で虫を飼い始めた。パパは頭の中の虫を愛しているけれどママはパパの頭の中の虫をいつも殺したがっている。パパはママがパパの頭の中の虫を殺したがっていることを頭の中の虫から教えてもらってあるからパパはママのことを殺したがっている。私は本当はパパの頭蓋骨の中に脳味噌はもうなくてパパの頭の中の虫がパパの脳味噌の代わりをしていることを知っているけれどママはまだそれを知らないのでママはまだパパには脳味噌があると思っている。ママがパパのことを虫男と馬鹿にするとパパはいつもママにお皿を投げたり分厚い本を投げたり火の点いたキャンドルを投げたりするからママはそのたび殺されるー殺されるーと叫んで外の人に助けを求めるんだけれどママもパパの頭の中の虫を殺したがっているんだしもし仮にママが殺されても正当防衛としてパパにやり返されただけって話になるんじゃないのかなあと私は思う。きょうもまたママがパパに虫男と言ったことからこの騒動は始まった。ママの怒号はいずれパパの頭の中の虫を覚醒させてしまうからきっときょうもパパは頭の中の虫の指令に従ってママや私にいろんなものを投げつけてくるんだと思う。ママはそれを直に喰らって血だらけになるかもしれないしそうじゃないかもしれないけどでもやっぱりきょうも絶対殺されるー殺されるーと叫ぶと思う。私はママのこともパパのこともよくわからない。周りの人たちは私のことを可哀相とか憐れだとか言うし学校の友だちも私に逃げた方がいいよとか我慢しなくていいと思うって言うけど皆はそれ以上のことは何もしてこないしする気がないんだろうなあって私にはすぐわかる。そういえば私はしばらく学校に行っていない気がする。玄関のノブが頑丈な針金でぐるぐる巻きにされてるから行こうと思っても行けないだけとも言えるかもしれない。ああやっぱりきょうもパパの頭の中の虫が覚醒してパパに指令を出し始めた。パパがママにハンガーを投げる。ママの左肩にぶつかる。パパが除菌スプレーの蓋を引きちぎってママの頭にぶちまける。ママがびしょびしょになって除菌される。パパがストーブの上の薬缶をそのままママに放り投げる。ママはぎゃーって悲鳴を上げる。パパが私の携帯電話の充電器でママの首をぎゅーって閉め始める。ママがびくんびくんと震えている。びくんびくんが少しずつ弱くなっていく。パパが手を放す。ママがががががーってなんかこう土を掘るユンボみたいな音を立てながら激しく息を吸っている。パパの頭の中の虫がパパに喋るように指令を出す。パパの口から言葉がボロボロと汚らしく零れ落ちていく。俺に指図するなだれのおかげで生きてこられたと思っているんだお前は馬鹿なのかお前が馬鹿だから俺が会社で罵られなくちゃならないんだお前が馬鹿だからお前の娘だって馬鹿なんだ全部お前が悪いんだからな死んじまえばいいはずのお前を生かしてやってるんだぞ感謝しろ馬鹿が死ね泣いて詫びろ。ママはパパの言葉をががーががーって言いながら聞いていた。何とか言えよ馬鹿。パパがママにまた言葉をぶつける。ママは息を整えてパパに言った。死ねばいいのはお前だよお前の娘だからこいつは馬鹿なんだよお前が会社で罵られるのはお前とお前の娘が馬鹿だからであってあたしには何の関係もないんだよ馬鹿だからそんなこともわかんねえんだろ馬鹿馬鹿死んじまえばいいのはお前だよお前気持ち悪いんだよこの虫男。パパは床に転がっていた薬缶を持ち直してママの頭をがんがん殴る。ママはげらげら笑いながら殺されるー殺されるーと繰り返している。きっとママが動かなくなったら次は私が薬缶でがんがんされるんだろうなあ。きょうはどのくらいの時間がんがんされるだろう。パパの頭の中の虫は本当にしつこいからすっごく長い時間がんがんされるのかもしれないけれどまあべつにパパにも体力の限界っていうものがあるからそのうち終わるだろうしその頃にはママも復活してまた大声で怒り出しているだろうから私はそれまでがんがんされていればいいだけのことだ。あ。パパが私のことを見た。ママがぴくりとも動かなくなっている。標的の移行の時間だ。さて。私は薬缶で一回がんされるたびに1を数えることにします。
1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と1と
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