今宵の成り損ない

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「私のことを絶対に殴らなくて、一言も罵らない。そういう男の人がタイプです」  語尾にハートマークがいくつも並んでいそうな、弾ける笑顔で私はそう言い放ち、ずずずずず、と薄まったジンジャーエールを一気に紙ストローで啜り上げる。と同時に向かい側、横一列に並ぶ五人の男の顔をざっと流し見れば、それぞれの顔には一文字ずつ、 「ご」 「愁」 「傷」 「さ」 「ま」  とはっきり表記されてあった。  私はいつものように、でへへー、とひょうきんそうな笑みを足してその場を誤魔化す。ご愁傷さま。そう、その通り。私は生まれもって「ご愁傷さま」な人間なのである。的確な表現を、表情を、本当にどうもありがとう。  あっすみませーん、じゃあ私、そろそろ終電あるんで帰りまーす、みんな、ごめんねえー。真顔で左右に二人ずつ座っていた女たちに一言断り、五千円札を一枚机に置くと、私は一度も振り向かずに一人で飲み屋を出た。  後ろ手にドアーを閉めて、歩きながら左手首の腕時計を確認する。午後九時半前。終電って、一体なんだっけかな。自分で言っておいてなんだけれどちょっとウケるよな。みんな今ごろネタにしてくれてるかな。そうだといいな。意見交換会だなんて大層な名前でごまかしやがって、二度と利用されてたまるか、どう考えても合コンじゃないか。名前だけ着飾りやがって、どうせどいつもこいつもそれなりの奴らと一発ヤりたいだけの癖に、だっせえの。  ようやく青に変わった横断歩道を大股で渡る。あの角を曲がれば、書店がある。私はこの街全ての書店の位置を脳内で完璧に把握していた。  さて、今夜は何を買おうか。
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