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「俺を好きだったら、ヤらせろよ」
部活で同期の松本とラブホ街を歩いてたら。
突然、言われた。
怖い程に据わっている眼だった。
なんで、そうなる。
さっきまで合宿してたよね?
私達、そんな関係じゃないよ。
「……な、に。言ってんの」
私は呆然と呟いた。
いつ。
何時、バレたんだろう。
「俺の顔、いっつもガン見してて」
「えっと、それは」
「好きでもない男の顔を、あんなにジロジロ見んのか」
確かに。好きだからガン見してました。
と。やばい……!
なんか、私。追いつめられている?
「お前は俺を好きなんだよ。だからヤらせろ」
だからって、どういう論理だ!
そう思いつつも、私の躰は抵抗が弱くなっていた。 だけど踏ん張った。
「出来ない」
私の抵抗なんて予想もしていなかったんだろう、彼は眼を瞠った。
「……なんで」
この期に及んで断られるとは思っていなかったのかもしれない。
断られる理由が心底わからない、という顔だった。私が松本を嫌いだなんて、ちっとも疑っていない顔。哀しくなった。
「松本なんか、大嫌いっ」
気が付くと叫んでいた。
「なんで嘘つくんだよ!」
松本も怒鳴ってきた。
「嫌いなら、証拠を見せてみろっ」
はたと困る。
どうすれば嫌いだって証拠になるのかな。
ノートは貸し借りしているし、学食ではオカズの取替えっこなんてしょっちゅうだ。これで”嫌い”というのは我ながら、確かに説得力に欠けている気がする。
「お前は俺を好きなのに!」
私は逃げようとしたけど、片一方の手は荷物を抱えていた。片一方の手は松本に握られたままで、何も出来なかった。
だけど、私にだって意地がある。
私を好きでない男なんて、嫌いになってやるんだから!
最終兵器を叫ぶべく、私は息を吸い込んだ。
「あたしっ、好きな人が居るんだから!」
目の前に。
わかってる。『負け犬の遠吠え』とかって言うんでしょ、こういうの。
松本が憎たらしい。
意地っ張りな私を納得させる為だけに『私がどれだけ自分の事を好きか』って説明してみせる、松本。
「っ、」
何故か、アイツは顔を歪ませてた。それから、すうっと表情が無くなった。
アイツは私の手を引っ張りながら、一軒目に見つかったラブホテルに躊躇うことなく、入っていった。
◆
ラブホテルの名前は『USO800』。
偶然かもしれないけれど、”私が嘘をついてるのはお見通し”っていう松本からのメッセージにも思えた。
床には、二人の下着とか洋服とかが散らばっている。
耳には、ぬちゃぬちゃぱちゅんぱちゅん、とか。
パン、パン!なんて音が聞こえてくる。
ついでに言うと喘ぎ声が聞こえてくる。いやらしい映画とかではない。私が出しちゃってる声だ。
ああ、地べたに放り出された下着をもう一度着けなくちゃいけないんだ。
もう、替えないのに。
せめてソファの上に放って欲しかったなあ。
私は揺すぶられながら、ぼんやりと思う。
考えてみれば、シャワーだって浴びてない。
汗臭いよね、私。
でも、ここで”タイム!”とか言っても無効にされるんだろうなあ。
汗臭いのはお互い様なんだけど、私は松本の匂いが嬉しいから。だけど、女子としては自分の匂いは気になるってものです。
「ヲイ、コラ」
ドスの聞いた声に、意識を戻した。真っ黒でキラキラ光っている瞳が私を見降ろしていた。
「なに、余裕かましてんの」
「べ、っつにッ」
松本とヤりたくて仕方なかった。
奴の素肌に触れたくて、抱かれるのを実感したくて。だからラブホテル街に連れてこられた時も、実は期待してた。エントランスをくぐる時も抵抗しなかった。
その結果、こうして抱き合ってる。
でも、不思議だね。
躰は悦んでるのに、心はシーンとしてる。冷静に揺さぶられてる自分を観察してる。
心がついてこない。
原因はわかってる。
私は好きな男に抱かれてるんだけど、松本は好きでもない女を抱いてるんだもの。
「俺のこと、スキ?」
アイツが私を穿ちながら訊くから。
私の眼を見つめてくる松本の眼に勘違いしそうになるから。
だから、言い切る。
「ア、ン、タ、な、ん、か、き、ら、いっ」
アイツが与えてくる振動のせいで。言葉がいちいち、飛び跳ねる。
ホントの事なんて、言うもんか!
「俺のことを見てろ」
あんたの命令に従う義務はない!
抵抗のつもりで横を向いたら、松本もムカついたのだろう。
ぐりん、とナカをかきまわされた。奴も気持ち良かったのか、ナカのマツモトが増量した。
「や、大っきい……!」
しまった、意識をナカに戻しちゃった。
意識してしまったら、快感に捕まってしまった。
アイツが耳をしゃぶりながら、もう一度尋ねてくる。
「俺のこと、スキ?」
その声は確信に満ちていた。
耳を舐めながら、熱い息を吹き込んでくるとか反則だから!
合わさっている肌の感触と松本の重さが、どうしようもなく嬉しい。ぎゅっとしがみついてしまう。
松本に触られた処は、どこもかしこも感じてしまう。だから、つながってるところはキュンキュンしちゃうし、私はあんあん言っちゃう。
……全部、松本のせいだとバレてるのかもしれない。
神様、『この時間が永遠に続けばいいのに』って願っていいですか。
もしくは天井が落っこちてきて、繋がったまんまの私と松本を一瞬で潰しちゃえばいいのに。
だから、私は嘘をつく。
「ア、ン、タ、な、ん、か、き、ら、いっ」
イっちゃうと終わってしまう。懸命にイかないようにしていた。
今、こうしてエッチしているのは、私が『嫌い』って言ったからだ。
松本が『好きな人が居る』っていう私の嘘を信じたから。
自分の事を好きだと思っていた女が、実は自分を好きじゃなかった。悔しいから、体を征服したいだけなんでしょ。
……なんでもいい。
せっかく抱いてくれたのに、勿体なくて終わらせることなんて出来ない。
「なら。俺の事を好きで仕方なくさせてやるよ」
怒らせることに成功したみたい。燃え盛った眼とは反対に、極寒の口調で囁かれた。
更なる突き上げと、激しい愛撫が再開されたなか、イキナリ抱き起された。
「まつもと……?」
どうしたのかな。だけど、私のナカには松本が刺さったままだ。
「そんなに、俺が嫌いか」
眼を思わず上げてしまったのは、松本の声に深い絶望があったからだ。
眼の前にあった松本の顔は、さっきまで私をいじめて優位だった時と、全然違う。
泣きそうな顔。
男の子の泣く顔って、甲子園で高校球児が負けた時しか見たことないよ。
でも、綺麗。
胸の中に、”コイツを大事にしてあげたい”って気持ちがじわじわと湧いてくる。眼が離せない。腕の中に抱え込んで、なぐさめてあげたい。
思わず手を伸ばしてしまった。
「……どうして、そんな哀しそうな貌をしているの」
「お前が、俺を好きだって言ってくれないから」
言う事を訊いて貰えなくて、不貞腐れた声だった。
「なによ、それ」
弟が、まだ小学生の時に拗ねてた顔とおんなじ。可愛くて仕方なくなってしまう。私はちょっと笑って、汗に濡れた松本の髪を撫でた。
「我儘だなあ」
私はしみじみと呟いた。
ひどいこと言われてるのに、嫌いになれない。好きだということを、あらためて実感してしまった。
……愛おしいって、こういう時に使うのかな。
「松本は違う子が好きなのに。どうして、私の心も欲しがるの」
つい、口に出てしまった。
「は?」
松本が眼をぱちくりしてみせた。
やばっ。
私は口を噤んだが、手遅れだった。
口を押えようとしたら松本の肩から手を外しちゃって、バランスがとれなくなる。
慌てて、奴が私の腰を支えてくれた。
「どういうことだ?」
松本に熱のこもった声で囁かれた。
「別の女を俺が好きって……。なんだよ、それ。なにを勘違いしてるんだ」
勘違い?
あんなにキッパリした証拠があるのに? 大体、ナニと勘違いをしていると。私は仕方なしに、とっておきの情報を晒した。
「拾ったスケッチには”FF LOVE”って」
「俺の知り合いに、そのイニシャルは一人しかいない。藤代(ふじしろ) 誌歌(ふみか)、お前一人だけだ」
「え!」
つい、驚いて締めてしまった。
「ウ」
「あ、ごめん」
松本の呻きに、謝ってみた。
「謝んなくていい。……出そうになっただけだから」
そうだ、私達! 素っ裸で繋がったままだった。
私は赤面した。
この状況下で私達は、ナニをやってるんだろう。
服を着て、落ち着いて話すような事柄な気もするんだけど。
でも離れたくない、気持ちいいんだもの。
松本もこの状況に気づいたのか、ナカのモノが一層太くなる。
大っきくなった、て事は。松本も離れたくないって事でいいのかな。
「ところでお前の気持ちを聞きたい。……俺を好きだって事でいいんだよな」
恥ずかしくって下を向いてしまったら、私の下のおクチが美味しそうにマツモトを咥えこんでいる処を、バッチリと見てしまった。
焦って目を上げたら熱っぽい瞳で見つめられていた。
あああ、そんな色っぽい目で見られたら、私はっ。
目をウロウロさせていたら、今度な不安そうな顔をされてしまい、諦めてコクンと頷いた。
「とりあえず、一回出させて」
言うなり腰を掴まれた。
「それからっ、答え合わせをスル・か、らっ!」
凄い突き上げが来た。
「あっン……っ、」
もう、フル加速で止まれない。私も一生懸命腰を動かす。胸が揺さぶられる。固くなったままの乳首が、松本の胸に擦れて気持ちがいい。擦りつけてたら、気づかれて乳首を片方弄られた。
「あ、やめっ……」
くっついている上の秘芽を厭らしく捏ねられて、私の眼の前がスパークした。
「あっ、ア!ふ、あっ……ん!」
強制的に飛び立たされてて、断続的に躰に震えがくる。
ナカの松本を、ぎゅうぎゅうと締め付けているのがわかった。私は、ただ松本の首に縋りついて、大波をやり過ごすしかなかった。
ぐちゅぐちゅ、とドロドロな蜜路の中を掻き混ぜられたのが先だったのか。パンパン、と私のお尻と松本の下腹部がぶりかりあう音が先だったのか。
頭の中にピンクの靄がかかったみたい。
私は、松本が与えてくれる律動しか認識できない。
そして、とうとう松本が短い呻き声を上げて、果てたのだった。
◆
『汗を流しながら話そう』という事になって、お湯を張ったお風呂に二人で膝を突き合わせている。
恥ずかしかったから、顔が見えない方が嬉しいんだけど。
背中から、ぎゅう、が良かったんだけどな。
お湯が乳白色で視えないのが救いだ。私は小島みたいに水面に浮かんでいる、膝小僧をみつめていた。
しかし松本は、私の顔を見て話したかったらしい。
「大事な事だから、もう一度確認する」
言い逃れは許さねえ。
そんな風に睨まれたら、素直にうなずくしかない。
「お前は。俺が別の子を好きだと勘違いしてたから逃げ回ってた、て事で間違いないな」
念を押された。決定的瞬間を貰わないように避けてたのは事実だった。
「間違イ、アリマセン」
有罪判決される人みたい。
「お前・藤代 誌歌は、俺・松本 大輔のことを男として、恋愛の対象として好きってことで間違いないな」
あああ。言わされるのか。
なんの羞恥プレイなんだろう。
……さっきまで、もっと恥ずかしいことしてたけど。
「誌歌」
促されて、観念した。
「ソノ通リ、デス」
「よし」
満足そうで、とっても嬉しそうな声だった。
実質、『好き』ってカミングアウトしてしまった。
照れくさくて、い、居たたまれない……っ。
ぽちゃり、と音がして私の頬に松本の手が添えられて、そのまま瞳を合わせられ、松本が語り始めた。
「高3の時、予備校に通い始めた」
その時、偶然にも私と松本は出会ったらしい。
「消しゴム落としたら、後ろの子が拾ってくれてさ」
それが私だった。
『ねえ。眉毛の間に縦筋が入ってるよ。ハイ、りらーっくす』
彼女(私)はそう言って、松本に消しゴムを返した。それから講師に与えられた課題に戻っていったらしい。
松本は赤くなりながら告げた。
「一目惚れだった」
まさかの告白に、ぼん!とか頭から水蒸気が出そうだ。
「たった、それだけで? ……なんで」
「知るかよ」
松本がそっぽ向いちゃった。
「理由なんてねえだろ。……笑顔がツボだったんだよ」
「それ、ほんとに私?」
「お前だった。授業終わった後、お前を捕まえて志望校聞き出した。それで今、こうしてるんだから」
松本は自信たっぷりに言い切った。
「学部も訊いてたから、”受かったら、絶対探し出す”って決めていた」
松本の顔を見たら、優しそうな眼で私を見ていた。
「……そうだったんだ」
「新歓コンパでお前を見つけた。俺は事あるごとに、お前にアタックし始めるんだけど」
「……されてたっけ?」
私が首を傾げると、松本があああ……と言いながら天井を仰ぎ見てしまった。
息を吐ききって顔を戻すと、ボソっと呟いてきた。
「あんまりにお前がニブチン過ぎて、気が付いて貰えなくて。俺は『駄目じゃん、大輔』で、『だすけ』になった訳だ」
松本、私の肩に項垂れちゃったよ。
そういう事だったのか。
変な仇名だな、とは思っていた。
それに松本の事を『だすけ』て呼ぶ時、みんな気持ち悪い笑いしてたもんね。
「お前があんまりニブチンだから。みんな、すげぇ面白がって俺の気持ち暴露しようと狙ってたし」
「ニブチン、て二度も言うな」
私だって、”松本って私の事を好きなんじゃないかな”って思ったことは、何度もあった。
だけど、そのたんびに”自意識カジョー!”って自分を戒めてきたのだ。
「そう言われれば、松本が私に絡んだ後に『だすけ』呼ばわりされてる事が多かったような……?」
「……そこまでわかってたんなら、気づけよ」
スミマセンデシター!
「という訳で」
「……ん?」
水面に怪しいさざ波が。そして、不埒な動きを胸と腰とお腹に感知したんだけど。
「二回戦しよう」
何時の間にか浮上していた松本に、にっこりと微笑まれた。キスされようとした処を、掌で阻んだ。
「この期に及んで拒むとは、いい度胸だな?」
凄む処、間違えてないだろうか。
「あのねっ、松本の気持ち聴きたい……」
私がそういうと、松本が固まった。
「駄目かな」
NGワードだった?
でも、私も言わされたんだし。
松本の気持ち、はっきりと言葉で聴きたいな、なんて。
「我儘、かな……」
そう呟いたら、獰猛な狼がうろたえて照れるワンコになっちゃったよ。
こういう処が『だすけ』なのか。
三年間、「どうして『だすけ』?」と思ってたけど実感した。
暫く見守っていると金縛りが解けたのか、あーとかごほんとか言いながら、頬を寄せてきた。
松本のホッペが熱いの、湯火照りじゃないよね。
「誌歌」
おわっ、ぞくんとキた!
そうだった、コイツの声は私にとっては破壊力があり過ぎるのだ。
しまったぁ……!
これこそがオウンゴール。
囁かれた声は、とても小さかったけれど、よく聞こえた。心と躰に、沁み込んできた。
「俺はお前のこと、好きだ。大好きだから、大事にするから。お前が俺の事好きなら、付き合って……」
私は松本の背中にぎゅ、と手を回した。
幸せが押し寄せてくる。こんな事ってあるんだ。好きな人と両想いになれるなんて。
「ヨロシク、オ願イシマス」
松本が視線を合わせてきた。近くなってくる距離に、私は眼を閉じた。そ……と、何か柔らかいものが触れて離れた。
「あ」
寂しい、と思う間もなく、もう一度。受け止めるように仰向けば、何度も唇が下りてきた。
「誌歌……」
「まつもと」
音にならなかったみたいだけれど、唇が少し開いた。そこにぬる、と何かが侵入してきた。それが何かを、もう私の躰は知っていた。
「ふ、うん……」
舌と舌が擦り合わさって気持ちがいい。
私の手が松本の胸に置かれて、ほんの少し距離が空いていた。許さない、とばかりに腕を取られて首に回させられた。それと同時に松本が脚を伸ばしてきて、私は彼の太ももの上に座らされた。
胸が松本の肌に触れるだけで、眠りかけていた快楽が眼を醒ます。
さっきは心が冷たかった。
今は、自分からもどんどん松本に触れていく。
確かめたい。
「まつもと……」
うっとりと呟けば、嬉しそうに言葉がかえってくる。
「誌歌、好き。大好きだ」
合間に囁かれる声に、アソコがきゅう、と啼く。
もうストップはかけられない。
松本のことを百パーセント、好きになっちゃっていいのが嬉しい。
松本の手が、いやらしく私の肌を撫でていく。
感じる処を、何度も何度も撫でられる。
手が髪を撫でつけてくれる。
項を緩く掴んでくれる。
キスに夢中な私の躰がずりおちないように支えてくれる、腰にあてた手も。
その手が、お尻を丸く撫でまわすのにも。
背中から腋へ、そして胸のふくらみに到達する手にも。
感じてしまって悦んじゃって、躰は奥から蜜を湧き立たせる。
私。
ぴくんぴくん反応しっぱなし。……全身が性感帯なのかな。
そうかもしれない。
松本に触られるから、私はどんな場所でも発火オーケーなんだ。
「あの、ね」
もう息が上がってしまって、言葉を音にするのが難しい。
だけど、これだけは言わなくちゃ。
「ん?」
「松本、だから。抱かれ、たかった、の」
一瞬固まったが、噛みつくようにキスされた。私を押しのけると、バスタブから立ち上がった。ざばり、と乱暴な音がして結構な量のお湯が零れた。
――何回戦かあと。
寝落ちしかけた私に、誰かが耳元で囁いた。
「好きだよ、誌歌」
私も。
言いたいのに、まぶたも口も動こうとはしてくれない。
むにゃむにゃ……と口の中で呟くのが精一杯。
だけど、誰かさんはわかってくれたらしい。
ぎゅう、と抱きしめられた。
暖かさに、本格的に睡魔に襲われる。
思ってもみなかった。
嘘の終わりはハッピーエンドだなんて。
「もう、嘘はつかないよ」
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