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#2
駅のホームで電車を待っている間、僕は黄色い点字ブロックの後ろに立ちながら本のページを捲る。今日中には読み終わりそうだ。
「今日も死ねなかった」
突然隣で声がすると、僕はちらっとそちらを見る。いつの間にか、僕の隣に彼女が立っていて残念そうに突拍子も無いことを言っていた。僕は本にまた視線を戻すと、続きを読み進める。
「飛び込んだら、死ねるかな?」
「他の人に迷惑が掛かるからオススメはしない」
「聞いてたんだ」
僕は本に栞をすると、鞄の中に仕舞う。彼女が驚いたようにこちらを見て、それからニコッと笑みを浮かべた。
彼女、青木芽郁は若者の間で流行っているエイプリルフール病を患っている死にたがりだ。エイプリルフール病とは、死にたい人間が死ねなくなる矛盾の病である。医療界では起源を調査しているが、未だ解明されていない。そのことから「未知の病」と言われているこの病気を、信じている人間は僅かしかいなかった。
僕も最近まで全く信じていなかったが、彼女によって信じざる負えなくなった。
「ねぇ、日下部君って長いから壱君って呼んでもいいかな?」
僕は一瞬彼女を見ると、吐息を漏らす。
「……別に好きすれば。ただし誰もいない所に限るけど」
「何で?」
「色々人がいるところ、というか同じ学校の奴らがいる所で呼ばれると面倒くさい」
「何それ?」
「色々あるんだよ」
「はいはい」
彼女ははにかむと、ホームから少しだけ見える空を見上げる。今日もゆっくりと雲が流れている。
「私のことも芽郁って呼んでいいからね」
「それは遠慮しておくよ」
「何でよ」
「男子の間でも女子みたいに色々事情があるんだよ」
僕は呆れたように言うと、それを聞いて彼女が何かを悟る。
「熱愛報道?」
「芸能人みたいな言い方をしないでよ」
「あはは、でもそういうことでしょ?」
「まぁ……」
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