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「あー。今日も寒いね。葵ちゃん、寒くない? 」
今日も人の声が聞こえる。親子だろうか。
「んーん。寒くないよ〜」
カツカツとした足跡は私たちの下で止まる。
「春になったら、お花見しようね。ここの桜きれいだから」
「お花見? お花見ってなあに? 」
「お花見ってね……」
葵ちゃんに母親らしき人は、お花見について説明をする。母に分からないことを聞く様は私たちの同じようで、つい微笑ましくなる。
「お花見楽しみ! 」
そう聞こえたから、またカツカツと足跡がする。きっと葵ちゃんも私たちと同じように蕾みたいなものなのだろう。色んなことが気になり質問ばかり。私たちと人の考え方は意外と似通っているのかも知れない。
「あの子、歩けるようになったんだね」
母はそう呟いた。
「前は歩けなかったのですか? 母さま」
「そうね。ベビーカーに乗っていたからね。よく大きな声で泣いていたよ。そうそうベビーカーってね……」
母は嬉しそうに人の道具の話をする。私たちは毎日、母の話を聞いているのに毎日新しい話題が出る。やはり母は長生きなだけあるのだろう。母くらい長く生きられたなら色んな話を知ることができるのだろうが、私は蕾の中で眠る花びらだ。鮮やかに咲いて、僅かの期間だけ花開いて散るだけだ。母と同じくらい生きることはできないと分かっている。それが不幸だとは思わない。だって、全てが新鮮なまま散っていくのは桜の花びらに生まれた私たちの特権だ。美しさに永遠など求めない。ただ艶やかに咲き散りたい。私は私たちの儚さを誇りに思っている。
目にする者を笑顔にできる春の主役は私たちだ。何者にも替えがたいのだ。あの葵ちゃんと言う子に綺麗と言われたならば、どんなに嬉しいことだろう。母の命は人より長くて、私の命は人より短い。咲いたときは私は大人なのだろう。先に大人になって葵ちゃんに美しさのあり方を教えられたら……。そんなことを考えてしまうのは、私が昨日より大人になったからなのかも知れない。間違ってはいないはずだ。
再び夜。また私たちの下を人が通る。その足音はいびつで少しだけ耳障り。
「寒いなぁ。たらふく飲んだのになぁ」
「ならもう一軒行くか? 熱燗でさ」
ケラケラと笑いながら、いびつな足音をさせる人は遠ざかっていく。
「あの人たち、ちょっとお酒飲み過ぎね。危ない危ない」
母が心配そうに呟く。それを聞いて蕾の中の花びらたちは一斉に母に質問をぶつける。
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