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「私の声も聞き覚えがありますか? 」
「もちろん。あなたの声は毎年おしゃまよ。そして今年もね」
母の話は心がホカホカと温かくなるような話だった。毎年、同じ母の場所に生まれているなんて、なんて素敵な話なんだ。咲いて散っても私は何度も母に会っているんだ。ならば安心して咲ける。
「私、母さまの子供で良かった」
「私もよ」
やっぱり母は優しい。こんなに沢山いる姉妹たちの声をちゃんと覚えている。きっと何度生まれ変わっても同じ母のもとに生まれるのは運命であり絆なのだろう。桜の花びらに生まれて良かった。そう思える瞬間だった。
まだ風は少し冷たいが葵ちゃんは毎日私たちの様子を見に来る。
「早く咲きますように」
今日も私たちにおまじないをかける。葵ちゃん、もうすぐ咲くから。
寒さも和らいでくると人々の喧騒は賑やかになってくる。やはり温かくなると人は外を出歩きたくなるのだろう。私たちは桜の名所にいる桜だと人々の話し声で知った。私たちの声はとても小さいのですぐ隣に同じような桜の木があることはずっと気付かなかった。例え隣の木でも話せないのならば、まだ何も見えない私たちが気付かないのは当然だ。ただ、ものが見えるようになったとき、私たちがどのように咲いているか隣の木を見ればうかがい知れるのはありがたいことだ。本当に私たちは可愛くて美しいのか。それを知ることもできるのだ。隣の木の蕾の中の花びらたちもきっと私たちと同じような話をしているはずだ。同じ桜の花びらなのだから。
最近、母は静かだ。眠っている訳ではないが、私たちのおしゃべりが少しだけ収まったのだ。落ち着いたというより浮き足立っている。みんながそろそろ咲けるであろうことを予感している。母も私たちのその気持ちを汲み取ってくれているのか余計なことは言わない。早ければあと三日だろう。咲く前の感覚はとてもワクワクする。人々は今でも賑やかなのに、私たちが咲いたならばもっと賑やかになるというのだから。
葵ちゃんはやはり毎日通っておまじないをする。
そして、ついに私たちは花ひらく。最初に咲いたのはお調子者が集まった姉妹の花だった。
その日のうちにいくつも花をつけるがまだ満開とはいかない。
「咲いてるーー! 」
最初にそう言ったのが葵ちゃんじゃなかったのは残念だが、私たちが主役の時間は始まった。ただ私はまだ咲けない。
「葵ちゃん可愛いねぇ」
先に咲いた姉妹たちは、その夜、葵ちゃんの話をしていた。葵ちゃんの今日のおまじないは「沢山咲きますように」だった。やはり葵ちゃんは可愛い女の子だ。私も早く葵ちゃんの顔を見てみたい。
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