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もう一日。もう一日。そうやって三日が過ぎた。母の枝に残る姉妹はもうそれほど多くはない。大体が私よりあとに花開いた姉妹たちだ。私より先に花開いた花びらはほとんど散って、どこまで風に流されたかも分からない。私ももう限界かも知れない。それでも今日も葵ちゃんに会いたい。
「可愛いなぁ。桜さん、可愛い」
花びらが散って、主役の時間が過ぎようとする私たちにまだ葵ちゃんは可愛いと言ってくれる。葵ちゃんこそ可愛いよ。可愛くて可愛くて、私はまだしがみついている。どうせ散るなら葵ちゃんの前で散りたい。
そんなことを考えていたら「また明日ね」と葵ちゃんは、おまじないを口にして立ち去っていく。
明日。そうだ。私は明日散る。葵ちゃんの前で美しく散ってみせる。この春、私が心奪われた葵ちゃんの前で散る。明日。明日までがんばるよ。
「母さま、私は葵ちゃんに会えて素敵でした」
「ふふ。あなたも可愛いわよ。今年一番がんばったのは、あなたよ。あなたが好きなように散りなさい。私は来年また、あなたが生まれ変わって来るのを待っているから」
「母さま、ありがとう」
多分、私はもう綺麗ではないかも知れない。しがみつき過ぎたのだから、一番美しい時季は過ぎたはずだ。それでも桜の花びらに生まれたことを嬉しく、誇りに思う。そう思わせてくれたのは葵ちゃんという小さな女の子。葵ちゃん見てて。綺麗に散ってみせるから。
母にしがみついて眠り、再び夜が明ける。人々は私たちを見上げることは少なくなった。花の少ない桜は、晴れ舞台を終えたのだろう。あとはどう終わるか。母は姉妹たちの好きなように咲かせてくれ散らせてくれた。今日は私の最後の舞台だ。晴れやかに美しく散る日。今日も日差しが穏やかだ。
私は葵ちゃんが現れるのを今か今かと待つ。
お日様が真上に来る頃、毎日同じくらいの時間に会いに来てくれていた葵ちゃんは姿を現した。
「桜さん、まだまだ可愛いよ」
今日も葵ちゃんは、おまじないを口にする。
その言葉を耳にして、私はしがみついていた母から離れた。私と同じように離れた姉妹たちもいる。ハラリハラリと宙を待っていく私たち。目指すは葵ちゃんの髪の毛。
届かぬ姉妹もいる。その中、私は葵ちゃんの髪の毛へと飛び乗ってみせる。
「あら葵ちゃん、桜の髪飾り。可愛いよ」
葵ちゃんの母がそう呟いた。
「花飾り? 私、可愛くなった? 」
「可愛くなったよ。素敵だよ」
ああ。私は葵ちゃんに会えて良かった。最後に葵ちゃんを可愛くできて良かった。
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