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さくら花びらひらひらり
寒い寒い冬。私たち姉妹は蕾の中でじっと寒さをこらえる。私たちの母である大樹は蕾の中でじっとする私たちにお話をしてくれるのだ。
「春になったら、あなたたちは美しく咲いて人も動物をあなたたちを主役にしてくれる。あなたたちの最高の見せ場ももうすぐくるからね」
私は蕾の中で微睡みながら母の話を聞いていた。外の世界はどんなものなのか、何があるのか蕾の中で眠る私たちには見当もつかない。
「母さま、人とはどんなものなのですか? 」
他の蕾にいるだろう誰かが聞いた。
「二本足で歩く生き物。あなたたちが咲いた姿を最も喜ぶものたち。春先の彼らの笑顔は私も見ているのが楽しい。そうそう。よく写真も撮るわ。一枚の紙にあなたたちの美しい姿を収めるの。永遠に」
そうか。咲いたら散るだけだと思っていたけど、私たちの雄姿は写真の中で生き続けられるんだ。
母は黙った。眠ったのだろうか。私も眠ろう。冬は寒いけど、母が私たちを蕾に閉じ込めてくれたお陰で夜はゆっくり眠れる。風のヒューヒュー吹く音が子守唄のように聞こえる。咲ける日を夢見て眠ろう。
「こんな日は温かいココアがいいね」
誰かの声が聞こえた。それが人だと分かるのはすぐだった。
次の日、私は蕾の中の誰より早く起きて母に尋ねてみる。
「母さま。昨日の夜の声はなんでしょう? 」
「おや。早起きね。あれが人だよ。今はあなたは声しか聞こえないだろうけど、情けなくて愛おしいのが人よ」
「ココアって何でしょう? 」
「人の飲み物だね。そうそう。人はね、桜の花びらも食べちゃうのよ」
「私たちを食べるのですか? 怖い存在なのですか? 」
「怖いと言ったら怖いけど、人にもよるね。こうやって私をこに植えてくれたのも人だからね。それから何十年も私はここに立っている」
「母さま、長生きなのですね」
「そうね。人よりは長生きかもね。今日も寒いから風邪を引かないようにね」
母とそんな話をしてから、私は人の声に耳を傾ける。同じ蕾の中の四人の姉妹はやはりじっと寒さを耐えている。
「ねぇねぇ。人って私たちより美しいのかな? 可愛いのかな? 」
「どうかな。私たち、まだ何にも見えないから」
同じ蕾の一人が答えてくれたけど、それきり。母は私たちを美しい可愛いと褒めてくれるけど、人はどうなのだろう。気になる。人を見られるのも咲くための一つの理由だ。
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