ワタシの嘘

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「俺、好きな子できた。」 彼はワタシの斜め後ろの席でそんなことを言った。 それまで本を読んでいたワタシは、ページを捲ろうとした手が固まっている事に気付いた。ワタシは動揺していた。 なぜなら、ワタシは彼のとこが好きだったからだ。        ***** 7年前、ワタシは彼と出会った。公園のベンチで一人、本を読んでいたところに彼が声を掛けてきた。 「ねえ!サッカーしない?」 いきなり声を掛けられたことに戸惑い何も応えられないでいたが、有無を言わさず彼に手を引っ張られ結局参加させられた。 サッカーなんてやったこともないし、こちらにボールが転がってきたから思いっきり蹴ってみたものの変なところに転がってしまった。正直、もう嫌だ、と思った。これなら早くに断って本を読んでいたほうがマシだった。 その時、彼の声が聞こえた。 「ドンマイドンマイ!大丈夫!俺もよくそうなるから!」 そう言って彼はボールを拾い、すぐさま蹴り出した。彼は蹴り出すと同時にひっくり返り、ボールも明後日の方向に飛んでいってしまった。 それを見てみんなが大笑いした。ワタシも思わず「プッ」と笑ってしまった。彼も大笑いしながらこう言った。 「楽しけりゃ、なんでもいいんだよ!」 以来、ワタシは彼と一緒に遊ぶようになった。 ワタシの家は母子家庭で、母は仕事で帰りが遅く一人で過ごすことが多かった。一人でいる時間はとても寒かった。 彼との出会いは、今まで感じてきた寒さを一瞬にして吹き飛ばしてくれるものであった。 たぶんこの頃から、彼に対して何か特別な感情を持っていたのだろう。ワタシを一人の世界から引っぱり出してくれた存在というだけではない。なによりワタシを笑わせてくれた。そんな単純な理由で、ワタシは彼に恋をした。 1年後、母が再婚した。 ワタシは母とともに引っ越すことになった。 そのことを、サヨナラを、彼に、 何も言えないまま…。 でも、これで、よかったのかも…         ***** 中学卒業後、高校入学と同時に、ワタシは幼い頃過ごした街に帰ってきた。 一人暮らしを始めることにしたのだ。 あの時の彼ともう一度会えるかどうかわからない。それでも会える可能性があるのなら、もう一度会いたいと思った。 すると、奇跡が起きた。 6年も経っており、外見は少し変わっていたがワタシは一眼見てすぐに気付いた。 彼はワタシと同じ高校に入学していた。それだけでなくクラスメイトにもなった。 ワタシは嬉しかった。ワタシの心は確かに高揚していたが、それと同時に奥底が締め付けられるのを感じた。 クラスメイトになったとは言え、ワタシが彼と関わることは殆ど無かった。 唯一、ワタシがいわゆる陽キャと言われる人たちに掃除を押し付けられた日のことだった。 誰もいなくなった教室で一人黙々と床を箒で掃いていた時、扉の方から声がした。 「何してんの?」 … 「ねえ、何してんの?」 「えっ…ワタシ?」 「他に誰がいんだよ。」 「あ…」 あの時と同じ。彼が声を掛けてきた。驚いてすぐには声が出なかった。 「で?何してたんだよ?」 「えっ…と…、掃除を…。」 「ふーん。一人で?ていうか、今日お前の当番じゃなくね?」 「えっ…まあ…そうなんだけど…。」 「押し付けられたんだろ?あいつらに」 「いや…押し付け…ってわけじゃ…。それより、そっちは?あなたは、何でここに?」 「話すり替えたろ?」 「ゔっ…」 「まあいいよ。お前がそれでいいなら。俺は忘れ物しただけ。」 「そう…」 彼の言葉は少し冷たくて、居心地の悪さをも感じた。彼は、変わってしまったのだろうか。ワタシのことを覚えてはいないのだろうか。いや、覚えてるわけないか。いろいろなことを考えながら、ワタシは掃除を続けた。 すると、ガタッと何か音がしたと思いそちらを向くと、彼が箒と塵取りを取り出していた。 「な、何してるの?」 「一人じゃ大変だと思って。それに、もうこんな時間だし。二人の方が早いだろ。」 彼のこういうところは変わっていないのだなと思った。その時、幼い頃に感じた熱いものがワタシの中で蘇った。 以来、思わず彼を見つめてしまうことが増えた。しかし、ただ遠くから眺めるだけで、自ら彼に話しかけようとか、まして告白する気にはなれなかった。         ***** 「「俺、好きな子できた。」」 ワタシの心は複雑になっていた。 ワタシはただ遠くから眺めているだけでよかったはずだ。でも、告白してたら何か違った?いやでも、告白なんて…。彼が誰を好きになろうとただ見つめていられるだけでよかっ…。本当に?本当に。なのに、この気持ちは、何?痛い。痛い。心臓が激しく鼓動し息ができなくて涙が溢れそうになる。 これは、後悔というものだろうか。 7年前も、今も、後悔してばかりだ。 全部、ワタシが言葉にしなかったからだ。 7年前、何も言わずにいなくなったワタシを彼はどう思ったのだろうか。彼はもう忘れてしまっているだろうが、ワタシは忘れられなかった。 今は?今も、彼のことが大好きなのに、何も、言えなかった。告白、できなかった。 色々な思いが頭の中でめちゃくちゃに暴れている。 …トクンッ 激しく鼓動する心臓が一瞬大きく鳴った。すると、身体中の体温が一気に冷めていった。 ハハ…コクハクなんて… コレばかりは…ムリだな… できるわけがない… 以来、ワタシは彼を見つめることも、想うこともやめた。 やめようと思った。         ***** ワタシは、彼が嫌い。 自分にそう言い聞かせるようになった。 そうすれば、少しは楽になれるかと思った。 なれなかった。 痛い。心臓がいつまで経っても激しいままだから、ずっと苦しい。 痛みが胸からお腹にまで伝わり、ワタシは学校を休んだ。 ベッドに潜り、お腹を押さえながら痛みに耐えた。 目を閉じると彼の姿が目に浮かんで眠れない。 寒い。 そんな日が何日も続き、一週間も学校を休んでいた。         ***** …ンポーン ピーンポーン ピンポンピンポンピーンポーン 「んん…何?」 ピーンポーン 「はいはい…出ます…」 ピーンポーン ガチャッ 「はい、どちら様でっ……え…」 「出るの遅えよ。」 「…あ…ごめん…」 「体調、大丈夫か?」 「えっ…ああ…うん…今は、平気。」 「ふーん。はいこれ。」 「え…何?」 「配布物だよ。お前、一週間も休むから、引き出しに溜まってたぞ。」 「そう…なんだ……ありがとう…。」 はぁ、一番見たくない顔。 なんでコイツが…(トクンッ) 「ん"…」 「おい、ほんとに大丈夫か?」 「大丈夫だって…」 「いやでも、お前…」 「大丈夫だって!」 なんなんだよ。そんなだから、余計に、苦しくなるんだよ。優しくすんなよ。 「もう、帰ってくれる?」 「え…」 「ほんとに大丈夫だから!帰って。」 人のこと心配してんじゃねぇよ。好きな子のとこにでも行けばいいだろ…。 「全然大丈夫じゃないだろ?」 「っ!大丈夫だっ…」 「お前、泣いてんじゃん。ほっとけねぇよ。」         ***** 彼が、ワタシの部屋にいる。 「ほらよ。消化に良いもの食ったほうがいいと思って、これ。」 「……ありがと…」 料理するんだ、と感心してしまった。 「美味しい…」 「だろ!」 温かい。 寒さが一瞬にして吹き飛ぶ。 形は違うけれど、まるであの時のようだった。 彼がワタシを見ている。 「そ、それより、何であなたが配布物を?普通、こういうのって…」 「ああ…それはなぁ…」 「ん?」 「…お前は、覚えてないかもしれないけどさ、俺たち、昔、会ったことあるんだ。一年、くらいだったかな。一緒に遊んだりしてた。」 「えっ…」 彼が、ワタシを覚えていた? そんな… トクンッ 「でも、急に公園に遊びに来なくなって。家にも行ってみたけど、誰もいなかった。」 「(…っ)」 「後から、お母さんが再婚して引っ越したって聞いてさ。何で俺に一言も言わずに行ってしまったのかって、ずっと気になってたんだ。」 「そっ、それは…バタバタしてて…言う暇がなかった……ごめん…。」 「…そっか。」 トクンッ 「それ、でさ。俺、お前に配布物届けに来た理由っていうか、これは口実というか…。」 「え?」 「俺、お前に言いたいことあってさ。」 引っ越しした時のこと、深くは聞いてこないのか。彼らしいな。 「え…何?」 「実は、俺……お前のことが、好き、なんだ。」 「……え…」 「俺と付き合ってほしい!」 好きって、これは、告白? 教室で話してた好きな子って、ワタシ、だったの? これは、夢、なのかな。 彼が好きな子ができたと言った時、諦めようと思った。 彼が嫌いだと自分に嘘をついてまで諦めようと思った。 でもできなかった。 ワタシは彼が好き。 だから、彼の告白を受け取りたい。 でも…できない。 やっぱり…できないよ…。 「ワタシ…」 「うん」 「ワタシも……っ」 彼がワタシを真っ直ぐ見つめてくる。 ワタシの言葉を待っている。 あまりにも真剣な眼差しにワタシは思わず目を逸らしてしまった。 ワタシには後ろめたさがあった。 それが邪魔してワタシの言葉を封じ込めてしまう。 それでも、 ワタシが目を逸らしてしまっても、彼はずっとワタシを見つめている。 この真剣な眼差しに、ワタシが嘘偽りを言うことなどできない。 ワタシは覚悟を決めた。 「ワタシも、」 「うん」 「ワタっ……」 「ボクも、君が好き。」
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