39人が本棚に入れています
本棚に追加
ぜろ
それはまだ、男が引っ越してくる前の事。
あ…、俺.死んだ。
そう気づいたのは、いつの頃だっただろうか。
ある日、何もない真っさらな床と空間で目が覚めた。
最初、意識はボーっとしていたけどなんせ時間だけはある。自問自答を繰り返すうちに少しずつ自分のことを思い出してきた。
「俺の名前ー…イトウアオだったっけ?」
というか、その名前しか覚えていない。
もっと色んなことを思い出したくて何度か外出を試みたけどドアノブに触れた瞬間、部屋の奥へとワープするみたいに飛ばされた。
ファンタジーゲームとかに出てくる封印された魔物みたいだな、俺。
テレビもない
電気もつかない
部屋の隅で蹲って、たまに聞こえるよその部屋からの笑い声を聞いていた。
(………さびしい)
どれだけそうしていただろう
その思いにも転機が訪れた。
『へぇー!綺麗な部屋ですね』
ついに入居者が現れたのだ。
* * * *
「なぁー?ねぇー?俺のこと見える??」
気が向けばそんな質問をしていたが、やっぱり聞こえないらしい。
最初は男の…20後半のサラリーマン。
いつもだらしなく机の上は空き缶だらけ
アニメが好きなのかニュースはほとんどつけず、過ごしていた。
「つーか、俺…死んでから10年以上も経ってんじゃん」
いくらなんでも、今までこの部屋に誰も住んでなかったとか信じられない。
おそらく意識が覚醒することなく、眠っていた時期の方が圧倒的に長かったのだろう。
「で、そのせいで記憶がすっぽり抜け落ちたー的な?」
話すことはできない、触れることもできない。
けど、この入居者のおかげで色んな情報が知れたのは幸いだった。
なによりも部屋に電気がつく。テレビはまぁ…ぼーっと見ているだけでもすることがないので気が紛れる。
なにより…
「はっ、ははは…」
「うん、おもしろいなー」
部屋の隅じゃなくて、今は男の隣に座ってじっと過ごす。
ひとりじゃ、ない。
最初のコメントを投稿しよう!