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ぼーっと二人でソファにもたれかかり、DVD鑑賞をしていた。
「敦己は、好きな俳優とかいますか?」
「あぁ。ペンギンの足跡の主演女優は好きだった」
「ふーん」
スタイルの抜群の美女が好きかと思っていたのに、清楚系のお嬢様タイプが好みだったとは意外だった。
「零は、どうだ?」
「俺は…イトウアオが好き、かな」
その途端、部屋の空気の温度が変わった。
隣から零の手を握ろうとする気配に気づき、自分から恋人繋ぎをするようにしっかりと指を絡めた。
「零」
「もっと知りたいな、敦己のこと」
なにやら昔話には抵抗があったらしいが「お願いします」と笑いかければ、淡々と口を開き生い立ちから語ってくれた。
大前 敦己。
生まれたのは隣の某県。
高卒までは同県内にずっといたけど大学から上京。
学科は違えども、――――零と同じ大学だった。
「バイトとかしてた?それと恋人とかは?」
「…モデルのバイトをしていた」
「え!?まじで、凄いすごい!どこの雑誌!?」
知ってる有名ブランドの雑誌の名前にテンションが上がる。中々人気があったらしくファンも多かったらしい。
そのまま芸能界デビューをしないか?との話もあったほど魅力と素質を含んでいたらしい。
「恋人は…、いた」
「うん」
優しくも暗く響く声と、キツく強くなる握力。
少し痛いぐらいだけど心地いい。
その過去形を本当は聞きたくないが…
「週刊誌に同性愛者だとバレて、炎上騒ぎになった」
「……うん」
当時は同性愛への理解度が低く、内容は相当酷いモノだったと語る。
あることないことをネットの掲示板に書かれ、ファンとアンチ、ただ騒ぎたい人間からの問い合わせや誹謗中傷が殺到した。
それが自分だけならまだしも、あろうことか火種は恋人にまで飛んだ。
恋人の実名。写真。
大学、当時の住所。実家や過去の交友関係。
敦己がモデル事務所をやめても偏見は止まらない。
お互いを想い、別れ話も繰り返した。それでもなんとか乗り越えようとしたけれど…
うつ病を患った恋人は 全て自分のせいだと遺書を残し…
「自殺した」
零を抱きしめ頭を吸うように口付ける。
すでに声も手も頼りなく震えているけど、それは俺も同じだ。
「その半年後、俺は…人を殺した」
恋人に特に酷い「死ね」などのメッセージを送りつけ個人情報を流した男を見つけ出すと、刺し殺した。
いいや、本当はどういうつもりだったのか聞こうと思っただけだ…
一人の人間が死んで良心が痛まなかったのか?
何故、お前はのうのうと今を生きているのか?
まさか、有名人に殺されると予想はしていなかったのだろう。
悪びれる様子もない男の言葉は、
【だって、みんなやっていた】の一言だった。
頭の中が真っ白になった。
『敦己。大好きです』
あの花が咲いたような笑顔と声は、こんなヤツ…こんなヤツらに奪われたのか?
「何度も何度も刺して、息が止まった後も…」
凶行だとニュースでは大騒ぎになった。
片腕には握った刃物の感触や、殺した男の断末魔が今も消えやしない。
失ったものは、何一つ戻らなかった
ぶるぶると激しく震える片手を見つめると、それでも…とぎゅっと強く握る。
「だけど、俺は後悔しちゃいない…!誰に非難されても、たとえ生まれ変わっても同じ選択をする。…っ、お前を、…零がいない世界じゃ、俺は誰も、自分も…許せないっ」
その嗚咽まじりの悲鳴を聞いた瞬間、
庇うように敦己を抱きしめた。
「敦己」
「零、どうして…いまになってっ…」
「…うん、ごめん」
死んじゃってごめん。
一人にして、ごめん。
忘れていて、ごめん…。
「敦己。大好きです」
こんなにも愛してるのに…。
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