33.ラスボス父ちゃん

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 季節が巡り、瀬戸内はまた初夏の気配。    昨年春、小鳥は無事に大学を卒業。調理師、栄養士などの資格を取得し、念願の真田珈琲にも就職することができた。  桜が咲いて、社会人二年目。小鳥はそのまま真田本店でバリスタとして勤めている。  だけれどまだまだひよっこ。でも、お客様に珈琲を出すことを、この春から許してもらえた。  次はフードコーディネイターと全国バリスタ検定の資格取得を目指している。   「小鳥、準備できたのか」  彼が小鳥の部屋のドアを開ける。  開け放してある窓から、海辺の風が吹き込んでくる。  黒いステッチで縁取られている白いワイシャツに、シックな小紋柄のブルーネクタイを締めた彼が入ってくる。 「ねえねえ、翔。ジャケットは白がいいかな、生成(リネン)がいいかな」  おでかけの身なりを整えた小鳥を見て、あの涼やかな眼差しでじっと彼女を上から下まで眺めている。 「ねえ。どっちが、いいかな」  白と生成のジャケットを交互に胸元に当てているのに、だんだんと彼が怒った顔になっていく。 「小鳥」  小脇に抱えていた黒いジャケットを彼がひとまず、小鳥の勉強机に置いた。 「え、駄目だったかな。このワンピ。シックで飾り気がないからジャケットに合わせやすいと思ったんだけど」  黒いスラックスの足が重くこちらに近づいてくる。それにあの一重のクールな目元がきりりと鋭く小鳥を射ぬいて――。  クローゼットの扉を背に小鳥があとずさると、彼の長い両腕がバンとついて怖い顔で見下ろしている。  またお得意の、ヒナちゃんを囲いに捕まえて勝ち誇った笑みを見せている。こんな時の彼には要注意。何をされるかわからない。
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