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そのお兄ちゃんが薄暗い朝のガレージへと入ってくる。
「今日もバイトだろ」
「うん」
「サークルの仲間と集まるんだよな」
「うん……」
五日前。この彼と両想いになっていたことを知ることが出来た。つまり……もう『恋人同士』。だけど、まだ五日目。あれから二人きりで会う時間もなかった。
そしてなによりも。この五日間、彼からなんの誘いもなかった。
小鳥がハタチになるまで待っていた――と言ってくれたのに。そのハタチの日にどうするか。何も言ってこなかった。そして小鳥も、ハジメテの彼氏に対して、いきなり『一緒にいて』と言えずにいた。
「今夜、おいで」
大好きな笑顔でお兄ちゃんがさらっと言ったので、小鳥は呆然としてしまった。
「このまえ渡した合い鍵があるだろ」
「う、うん」
「待っている」
それだけ言うと、翔は背を向けてガレージを出て行った。
まだ『カノジョ』として上手く受け答えできない。小鳥は張り詰めていた緊張を解くように、はあっと息を吐く。脱力感が襲ってきて、MR2のルーフにもたれた。
「ほ、ほんとうに、翔兄のカノジョでいいのかな」
これから毎日、こんなに緊張? こんなにドキドキ?
小鳥はダウンジャケットのポケットから『カモメのキーホルダー』を取り出す。
五日前。翔兄と気持ちを確かめ合った岬の夜、彼からの贈り物だった。
ハタチになった時、誕生日に、小鳥に渡そうと思ってだいぶ前からキーホルダーも探して準備していたんだ。そういって握らせてくれた『合い鍵』。
小鳥じゃなくて、エンゼルじゃなくて、翔兄は小鳥を『カモメ』と喩えてくれたようだった。
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