12.もう一度、キスをして

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「全然。早く終わったら終わったで、俺は走りに行くだろう。それから帰れば、今の帰宅時間と変わらない。ただ走りに行けないだけ」  それに今は走りに行くとアイツを引き寄せるかもしれないから自粛中と答えてくれた。 「小鳥もいまは控えておけよ。峠でなくとも、港から勝岡の海岸線とか飛ばしていても危ないからな」 「うん。お兄ちゃんたちが走りに行っていないのに、行かないよ」  そう答えると、翔兄の大きな手が小鳥の黒髪を撫でた。ずっと前からそうであったように、小さな女の子に『よい子だな』と撫でる大人のお兄さんの顔だった。前はそれでも嬉しかったのに。今は、嬉しくない。  小鳥の胸に我慢していたものが溢れ出てしまう。 「翔兄……」  暗がりの倉庫にいる彼の胸に、小鳥から飛びついていた。 「こ、小鳥」  龍星轟のジャケットを着込んでいる彼の胸にしがみつくと、よく知っているお兄ちゃんの匂いがして、小鳥は泣きたくなった。  彼の肌が放つ優しい石鹸のような匂いとか、男の汗の匂い、そしてオイルの匂い。それが混ざって、彼が恋しかった小鳥をもっと泣かせた。  まだ仕事中のお兄さん。彼の顔はここでは『お父さんの部下』。彼がいま見ているのは『上司のお嬢さん』、そんなぎこちなさ。でも、もう我慢できない。  いつも小鳥の突撃に驚いては硬直するお兄ちゃんも、徐々にその硬さを解いて柔らかに小鳥を抱きしめてくれる。 「ごめんな。あのランエボが許せなくて、しばらく俺の頭の中そればかりだった。小鳥に我慢させていたんだな」  すぐに察してくれた彼の胸で、小鳥は『ううん』と頭を振った。
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