13.果樹園の魔女さん

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 綺麗な黒髪も、そんなにくたびれていない肌も艶やか、なによりも眼差しがしとやかで、微笑んだ時に僅かに緩む唇が、それだけで芳しく開く紅い花のように悩ましい。ほんのりと漂う色香がとても女っぽい人。ほんとうに、自分の母親と同世代? まさにこれぞ『美人』だと小鳥も思っている。  珠里おばさんは時々、夫の勤め先である真田珈琲本店を訪ねてくることがある。だいたいが果樹園から企画されたスイーツを売り出す打ち合わせでやってくるのだが、農作業着から女性らしく変貌した珠里おばさんは、とても目を引く。いつも怖い顔をしている狼会長の真田氏がなし崩しに笑顔だけになってしまうという、とんでもない現象が本店に起きる。真田本店のスタッフ達もそれはよく知っていて、専務夫人のことを密かに『島の魔女』と呼んでいたりする。  島では幼馴染みのお母さんで、両親とも親しい果樹園のおばさんとして親しみやすいけれど、いざ女として出で立つ珠里さんを見てしまうと母だの妻だの吹っ飛んでしまうほど『美しい魔女』という気の含みを漂わせる。見た目、三十代後半と言ってもいいぐらい。息子の大洋と一緒に歩いていると『お姉様ですか』と言われることもよくあるとか。 「今日はバイトはお休みなのね。どう、うちの人、厳しくしていない」 「いいえ。一人のスタッフとして厳正に接してくれています」 「そう。あの人、厳しいほど期待しているってことだから。わかってあげてね」  小鳥は首を振る。厳しいのは当たり前のことだと。
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