2646人が本棚に入れています
本棚に追加
「別に。俺のことはええから。ただ、元気なんかなと――」
いつも陽気な兄貴が、気恥ずかしそうにして、潮風の瀬戸内へと遠く目線を逸らしてしまう。
彼も。好きなんだ。諦められないんだ。小鳥はそんな彼の気持ちを知っていて、でも、触らないようそっと見守っている。これもまた、私にそっくり。子供の時からの恋を大事に大事に心の箱にしまっている。そんなところも一緒。
じゃあ。行ってくるねと小坂を一緒に降りた。
「あれ。なにオマエ。今日は琴子おばさんのゼットに乗ってきたのかよ」
ああ。この幼馴染みにも説明しなくちゃいけなくなったと、小鳥はげんなりとする。
「真鍋専務から聞いていないの」
「父ちゃん、昨夜はフェリーに間に合わなくなって、道後の家」
『道後の家』とは、真鍋家の別宅。市内で働く父親と市内の国大に通う長男が、島に帰ることができなかった時に本土で滞在する家のことだった。
「大洋兄も気をつけて。実はね、最近、ダム湖の峠で――」
それまでに起きたことを伝えると、こちらの兄貴も顔色を変えた。しかも眉間にしわを刻み、怒りに震えている。
「なんじゃい、それ! それでエンゼルをぶっ壊されたんか」
「そうなんだよ。大洋兄ちゃんはスポーツカー乗りじゃないけれど、当分、ダム湖に来ないほうがいいよ」
こちらの兄貴は、ミニクーパー乗り。母親と共同で乗っている。なのにそのミニクーパーでたまにダム湖にやってきてしまう。走りを楽しむと言うより、顔見知りに会いに行くのを楽しんでいる。
「それでオマエ、これから長浜に行くんだ。なんか心配だな」
「大丈夫だよ。海岸沿い一車線の一本道だよ」
「そやけど。心配やな。オマエ、昔から、変なトラブルを引き寄せるやろ。今回も見事に引き当てよって。流石やな」
なんでも知っている幼馴染みに言われると、的確すぎてぐさりと来る。
でも本当のこと。なんで、あんなランエボと遭遇しちゃったんだろう?
最初のコメントを投稿しよう!