14.恋はいちごの香り

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14.恋はいちごの香り

 もう春は目の前といっても、まだ夕暮れは早い。  島からのフェリーを降り、空港の海際を走り、漁村へと向かう海岸線に抜ける。  その時にはもう薄墨色の海が柔らかに闇に溶け込もうとしていた。    ライトを点けて海岸線を走り続ける。  おじいちゃん。今頃は夕食の支度かな。そう思い描きながら漁村へ向かう。  後部座席には、島の魔女さんから預かったレモンの篭が揺れている。    海岸線の国道にある『シーガル』の前へとさしかかる。いまはもう真っ暗。カモメの看板も、いまはあまり灯ることはない。ずっと前なら、この時間でも伊賀上のおじいちゃんは店のカウンターであれこれ準備をして、夜にやってくるお客を待っていたはず。  暗い国道にぽつんと明るいカフェがある。波の音に紛れて、月の光に映し出されて。その優しい穏やかな雰囲気に惹かれなにげなく入った人々が、またマスターに会いたくなってやってくる。そんなお店だと小鳥は子供の時から見てきた。そういうお店が好きだった。そして、カウンターでいつだってにっこり笑って待っていてくれた優しいおじいちゃんが大好き。  琴子母もはやくに父を亡くしたせいか、伊賀上マスターをいまは父親のように思っているよう。だから、小鳥も『お祖父ちゃん』だと本気で思っている。  いまは暗闇に寂しく閉ざされている『シーガル』の前を切ない思いで小鳥は通り過ぎる。  店の前を過ぎて、直ぐの角を小鳥は曲がった。漁村の家が海へ向かって何軒か並んでいる小さな道を、フェアレディZを徐行させゆっくり進む。  おじいちゃんの家はもう目の前。海の近く。
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