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漁村の古い小さな道。両脇に民家の軒下には干物篭や干し網などが置かれている家が多い。そんな中、ひとつだけモダンな一軒家が現れる。そこが伊賀上マスターの自宅だった。
五十歳の頃に、都会のバーテンダーから身をひいて、城山が見える一番町のホテルラウンジを最後に引退。故郷の長浜にマスターは第二の人生を生きていく為、また介護のための家を建てた。
おじいちゃんのセンスがうかがえる、海辺のモダンな家。そこだけ外国のようだった。
ワーゲンバスがあるカーポートの前にフェアレディZを駐車させる。それだけで玄関の灯りがついた。
このエンジン音が聞こえると、おじいちゃんはすぐに気がついてくれる。滝田の誰かが来たと。
玄関のドアが開き、白髪の大柄な老人がひょっこり顔を出す。
「じいちゃんー。小鳥だよ!」
運転席の窓を開けて、手を振った。
おじいちゃんの顔がにっこり優しく崩れる。
「小鳥、いらっしゃい」
ドアを開けて、玄関から出てきてくれた。
「今日、興居島の果樹園に行って来たんだ。珠里おばさんからもらってきたよ」
後部座席にある柑橘篭を取りだし、おじいちゃんに差し出す。
「ありがとう。そろそろお願いしようかと思っていたけれど、いつもお願いする前に気がついてくれて。本当に助かるよ」
「朝、父ちゃんがそろそろだから、行ってきてくれって」
「英児君が。そうか」
「珠里おばさんも、マスターによろしくって。大洋もおじいちゃんのこと元気か気にしていたよ」
レモンに大玉のオレンジやキーウィーなど、島の果物が盛られた篭を見下ろし、マスターがちょっと寂しそうに微笑む。
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