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「うん。僕も小鳥にずっと覚えておいて欲しいから。これから少しずつ教えるね」
びっくりして、小鳥は顔を上げてしまう。これまで『お祖父ちゃんの味を継ぎたい』とは何度も言ってきたが、まるで子供の戯言だと言わんばかりに笑って流されてきた。
なのに。今日、お祖父ちゃんが初めて『教える』と言ってくれた!
「これから、月に二回か三回。僕のところにおいで。一緒に夕食を作って食べるんだよ。その時に教えてあげるよ」
「ほ、本当に!?」
「僕もいつまでも元気じゃないよ。わかるよね、小鳥……」
島に素材を選びに行けなくなった。店も開けられなくなった。その老いを小鳥は見てきた。年齢の割にはしっかりしているのは、仕事を続けてきたこともあるだろうし、まだ生き甲斐があるから。それでも思い通りに生きていけなくなった老いは、おじいちゃんを少しずつ追いつめていく。
そんな中、小鳥に本気で教えてくれると決断してくれた?
「小鳥はもう大人だ。やりたいと思ったこと、真っ直ぐに取り組むんだよ。若いと思っていてもあっという間に時間は過ぎるし、若い時から取り組んできたことは、いつ花開くかわからないけれど、いつか開くための栄養になる。三十やそこらで成功しようだなんて思っちゃけいない。でもチャンスも逃しちゃいけない。謙虚に弁えて、腐らずに淡々と、そして沢山のものを見て目を養うんだ」
バーテンダーという職人の言葉だった。小鳥はゆっくり静かに頷く。
「開けてごらん」
小鳥は真っ赤な箱を開けた。
繊細な唐草の透かし模様が入ったグラスがふたつ。箱にはバカラと記してある。
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