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16.車のように愛して
「さあ、行くぞ」
久しぶりにMR2のハンドルを握った翔は嬉しそうだった。
空港通りからフェリーが着岸する三津浜や高浜、観光港と港をなぞるように走る海岸線。走れば走るほどなにもない海岸沿いの道になる。
カーブが続く夜の道は交通量もなく、走りたいドライバーにはもってこいのドライブポイント。
「うん、いいな。エンジンもチューンナップしておいたんだ」
仕事場では涼やかな眼差しで硬い横顔を見せている翔。笑みもない冷徹な目で親父さんに意見する。なのにひとたび微笑むと、チャーミングな八重歯をのぞかせ、いつもは冷たく近寄りがたい眼差しが優しく緩む。その顔で『小鳥』と呼ばれることに、もう何年ドキドキしてきただろうか。いまも、こんなに、ドキドキしている。
英児父の目の前で毅然とした口調で自分の考えを述べ、親父さんを説得していたあの姿。なのにハンドルを握ったら、始終笑みを浮かべて少年のように軽やかにアクセルを踏む。
街灯も少ない海沿いの暗闇を、今夜もMR2は低空飛行で鋭く飛ぶ猛禽のよう。海の波の音を、高く唸るエンジンがかき消していく。
その隣で、龍星轟のジャケットを羽織ったデニムパンツ姿の彼が、あの涼やかな眼差しに戻って夜道を見据え真っ直ぐに走っている。
言葉をかけたくて、小鳥は躊躇う。やっぱり自分は子供なのかなと。
「大人しいな」
「え」
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