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「小鳥、行くぞ。アイツを振り切って、ダム湖の駐車場に追い込む」
「追い込む? どうやって?」
「すこし荒っぽくなるかもしれない。掴まっていろよ」
英児父が整えた勝負のステージへと、翔のMR2が突き進む。
それでも前をランエボに獲られてしまっている。どうやって抜かしていくのか――。
翔も対向車線から攻めるのかどうか。どこかをポイントに狙いを定めているのか。インカムも外して集中している彼にはもう話しかけられない。
でも。小鳥は……。ギアを握っている彼の手に、そっと自分の手を乗せた。
お兄ちゃんが失恋して、最西端にある岬まで飛ばした夜も、小鳥はこの車のこのシートに座っていた。
今夜も一緒。知っている人に裏切られただろう貴方のそばに、今夜も私は一緒にいる。これから荒っぽい争いが繰り広げられるとしても……。
「小鳥」
ギアを握っていた手が、今度は小鳥の上に優しく重ねられる。大きくて熱い手。汗ばんでいる手。指先は父親同様、整備のオイルで黒く汚れている手。
「いつも俺のそばにいてくれて、ありがとうな。どんな俺も知っていて、どんな俺も好きだと言ってくれるのは小鳥だけだ。それだけで俺はこうして……アクセルを踏める、走っていける」
「うん。好きだよ。大好きだよ」
「俺は……、あい……」
え。なに?
ドキリと胸が高鳴った途端だった。優しく握られていた手を弾かれ、彼がギアを強く握り返す。
フロントへと視線を戻すと、ランサーエボリューションがスピードをあげ、MR2を引き離し始める。
「社長が出てきて焦ったのか。あのスカイラインの威圧がよほどだったみたいだな」
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