19.龍の子は、小鳥じゃない

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「おう。殴ったわ。俺は言い訳なんかしねえ。殴ったことに関して訴えるというなら、訴えてもいいぞ。弁護士でも警官でも親父でもおふくろさんでも、なんでもつれてこいや。正々堂々とやりあおうじゃねえか」  うちの父ちゃん、元ヤンだったわりには、けっこうまともなこと言うな。ふとそう思った小鳥はちょっと納得できない。こんな男、弁護士だなんだとかいわないで、このまま警察に突き出しちゃえばいいじゃん! そういう腹立たしさがまた盛り上がる。もう父ちゃん、そんな生易しい回りくどいことしないでさーーっ、と、また翔の腕から飛び出そうとしたその時。彼の肩越しから見えた父の顔にゾッとさせられる。  うちの父ちゃんのその顔。幼い頃から幾度か見てきたことがある、ほんとうにほんとうに『ヤバイ時の顔』。その男が『手を下す』と判断したら、どの男もその男の口から噴き出した業火に焼かれて叩きのめされるという。龍に変化した時の顔――。  アスファルトに腰を落とした瀬戸田が、さすがに縮み上がっているのが見て取れた。元ヤンの龍とよばれる男がマジギレしたら、たったひと吠えでその恐怖を味わう。それを物語っている姿だった。 「そっちの素性もわかったし、こっちは顧客が迷惑かけられたんで被害届を出す。それについてなにか意見があるなら、三日の間に店に来い。来なかった場合は顧客と被害届を警察に出す。俺の用事はそれだけだ」  ほんとうにそれだけしか言わず、それ以上のいままでの怒りを爆発させることはなかった。  でも小鳥はそんな父親の背中に、無言でも密かに淡く揺れ動いている青い炎を見た気がした。
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