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20.オマエのための部屋
無言のまま翔が小鳥を連れ帰ったのは、港町近くのマンション自宅だった。
リビングに入ると、渋いブラウンの小さなソファーに座らされる。
「湿布を貼ってやるから、そこで休んでいろよ」
言われたとおりにちょこんと座って、小鳥は何も言わずに待っていた。
とても静かだった。
この部屋にはまだ数回しか来ていないのに、それでもホッとした。
初めて来た時から、この部屋は翔兄らしい趣味で整っていた。なのに、今日もあのベッドルームから優しい甘い匂いがする。
その匂いが、初めての時から不思議に感じていた。部屋はどこもかしこも独身男性らしい趣味で揃えられているのに、なんであそこだけ甘い匂いがするのだろう。そしてその匂いはとてもホッとする。でも、今思えばとてつもない違和感がある。
―― オマエが瞳子先輩を不幸にしたんだ。
急に、瀬戸田という男の怒り狂った声が蘇る。口の中のしょっぱい血の味も相まって、心もズキズキ痛み始める。
この部屋は、あの大人の女性が長く通ってきた場所。この前も、平気で翔兄のベッドルームに入って泣き崩れていた。そして小鳥は、こんな時になってやっと思いつく。そうか、あの部屋で二人は長く愛しあってきたんだと。そしてあの甘い香りは、彼女の置きみやげってわけ?
きっとこれからも。大好きなお兄ちゃんに一生彼女という女性は刻まれたままで、時々こうやって顔を出して翔と小鳥の間を堂々と通っていくのだろうか。八年も、八年も……。小鳥の片想いの年月と同じぐらい長く、二人は愛しあってきたのだから……。
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