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いつもよりちょっと可愛くしていこう。
ふわふわの白いニットワンピース。これにしよう。これに……。
「だめだ。可愛すぎる。わたしらしくない」
本当は着てみたくて買ったくせに。この日に着ようと思って買っておいたくせに。だって、お母さんが『友人披露宴』で着ていた写真を見たら、すごく素敵だったんだもん。あんなふうになってみたい。娘だもん、私も似合うかも。――と思って買ったのにと、小鳥はため息をつく。
「今日は女らしくしていく。していくんだから、着ていくんだから」
だけれど、いざとなったら、いつもはクールな服を好む自分には似合わない気がして放ってしまう。
結局、いつものチェックシャツにデニムパンツになってしまった。鏡の前で、顔を覆って『なにをしているんだか』とひとりで情けなくなってみたりする。
昨夜はいつもより眠れなかった。二十歳になるって、こんなに落ち着かないものなの? 数日前からずうっとドキドキしている。それもこれも……『お兄ちゃん』のせい。
まだ寒い冬の朝。部屋の窓を見ると、遠く見える海がやっと太陽の光を得てキラキラと輝きはじめる。
それでも少しずつ日の出が早くなり、春の気配。小鳥はこんな朝に生まれたのだと、父親の英児が毎年話してくれる。
これまでの誕生日で、いちばんの想い出と言えば――。
『お前の名前、本当はセナだったんだよ』
小学生の時、父親からその話を聞かされ、小鳥はとても驚いた。
『セナ』て。もしかして、あの『セナ』!? あの格好いい『セナ』!
『そう。音速の貴公子、史上最速のF1ドライバー。アイルトン=セナな』
『ど、どうして。小鳥になっちゃったの』
『なんだろうなあ。お前をだっこした瞬間に、セナじゃねえ小鳥だ――と感じたんだよなあ』
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