20.オマエのための部屋

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「気にするよ。お兄ちゃんであるはずの俺が、女の子を落としてしまうだなんて。だから小鳥ももう気にするなよ」  本当に、知らなかった。幼い自分が怖くて腰がひけて勝手に落ちたと思っていたのに。  小鳥はそっと翔を見上げる。お兄ちゃんはお兄ちゃんで、大人の俺が……と常に気にしているのかも?   ううん、違う。小鳥は思い直した。本当は小鳥から落ちた。でも彼は女の子の小鳥が気にしないよう『俺が悪かった。小鳥は悪くない。だからもう気にしない』と、小鳥の中で嫌な思い出にならないよう自分が悪者になろうとしている。そういう大人の気遣いに違いない――。 「お兄ちゃん、大好き。ほんとうに好き。大好き」  気持ちが軽くなって、嬉しくて、小鳥から彼の胸に抱きついた。  頬がまだヒリヒリするけれど、もう平気。嫌な気持ちが心に渦巻いていたけれど、もうどこかにいっちゃった。いま小鳥の心に広がっていくのは、この人のことだけ。 「俺も、オマエのこと、すごく……」  そこまで口にしてくれて、でもやっぱり彼はそこで黙ってしまう。  でもそんな言葉じゃなくても、小鳥はもうわかっていた。照れた彼の顔が、とても優しく微笑んでくれているから。  そんなお兄ちゃんが急に真顔になって、赤くなっているだろう頬をそっと撫でてくれる。 「もう二度と、こんなことするなよ」  腫れた頬に熱い唇が触れた。  小鳥も静かに頷く。労ってくれる唇が頬から耳に触れる。熱い息がもう……、優しいお兄ちゃんの息づかいではなかった。  頬と耳を伝ってきた濡れた唇が、ゆっくりと小鳥の唇に重ねられる。
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