21.苺が好きな女の子は――

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 小鳥が知っている彼ではなかった。荒い息づかいも、息んだ声も。でも時々見つめ合う目だけが、よく知っている『翔兄』――。  彼の額の黒髪が、小鳥の鼻先をくすぐった。はあはあと荒くて熱い翔の息が、ひときわ激しく小鳥の肌に落ちる。彼の汗の滴が小鳥の胸元にこすりつけられると、急に大きな身体がぐったりと落ちてきた。  静かになる……。  力尽きた彼が小鳥の身体の上に乗ったまま動かなくなった。 「翔兄?」  返事がない。 「お兄ちゃん……?」  やっと片手をついて、小鳥の肌から顔を上げた。  彼の手に、赤いものがついていた。それを見た翔が固まっている。  小鳥の鼻先にも、血の匂いが届く。  彼の目線が、まだ重なっている二人の足と足の間へと降りていく。小鳥も身体を起こし確かめると。白い太股が血で汚れていた。  ……とうとう。私、ついに女になったんだ。  そう思った。  そして翔も初めて見る女性の証を見つめたまま何も言わない。 「ほんとうに……血、出るんだね」  ふと小鳥が呟いて、やっと翔が微笑みを見せてくれた。 「痛かっただろ」  大きな手が、血の匂いのする手が小鳥の頬に触れた。その手に小鳥もそっと触れる。自分をかばって腫れた頬と一緒に、男として受け入れたハジメテの身体を労るようにゆっくり撫でてくれる。それでも血の匂いがする。そんな血が付いた彼の指先に小鳥はキスをした。 「嬉しい……。やっと、やっと、お兄ちゃんの隣にこれた気がする」  出会った時、まだランドセルを背負っていた小鳥。背が高いお兄ちゃんをもっと低いところから見上げていた。その時から彼の優しい笑顔は変わらない。
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