24.車より大事なもの

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 そこで話が終わったようだった。 「翔。おまえ、三十になったんだよな」 「はい、今年で三十一になります」  またなにかを英児父が話そうとしていて、小鳥の足はまだドアから去ることができない。 「俺も、ちょうど三十の時に、婚約までした女と家族を巻き込んでいざこざしたことがあったよ。中途半端に別れたもんだから、そのツケが何年も後にまわってきて。出会ったばかりの琴子を傷つけたことがあった」  また小鳥はドア越しでひとり呆然としていた。英児父の過去の恋愛と、恋人だった琴子母を巻き込んで傷つけてしまうような出来事を引き起こしていたことに。 「そ、そうでしたか。社長でもそんなことが……」  翔も上司の若き頃の打ち明け話に驚きを隠せない声。 「まだ三十だろ。そんな完璧な人付き合いなんてできるわけねえだろ。俺のような親父になっても、上手くいかないことがあるんだからよ。自分のせいで、かもしれない。だからって翔、おまえだけが出来ねえ人間という訳でもない。『誰もが通る道』だよ。気にすんな」  上司かもしれない、でも男が男にここぞという時に、英児父が伝えているのが小鳥にも通じてくる。 「父ちゃん……」  その中に、娘とどうしたどうなったなどというものは、一切なかった。  それこそ『腹の中』でなにかを持っているだろうけれど、そして翔も『社長の腹の中』を感じているかもしれないけれど、二人の男はそんな時は見て見ぬふり。それよりもまずは『片づけなくてはならないこと』に、上司と部下で連携して立ち向かう心積もりを確かめあったのかもしれない。  娘の自分が出て行く隙もない。小鳥はそろそろドアから離れようと背を向けた。
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