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それをもう小鳥の身体はよく覚えていたんだと、自分で思い知る。今夜、ここに来ることであんなに緊張していたのに、いざとなったら、お兄ちゃんの胸に飛び込んでいる――。そして翔兄も、もうすっかり慣れたような腕で、柔らかに抱きしめてくれている。
―◆・◆・◆・◆・◆―
目の前に、小鳥が好きなレモンスカッシュを注いだグラスを置いてくれた。
すっかり落ち着いた小鳥は、翔に案内されたテーブルの椅子に座っていた。
そんなに広くはないリビングにはテレビとソファーとローテーブルと、そして小さなダイニングテーブル。対面式のキッチンがあった。
その隣のドアが開いていて、そこには男らしくモノトーンでまとめられたベッドルームが見えて、小鳥はまた意識して見ないように目線を逸らす。
「そうだったのか。花梨ちゃん、本命の彼と上手くいかなくて、遠距離恋愛中の男とね……」
翔兄が神妙な面持ちになり、隣の椅子を引いてそこに座った。
「でもまだ確かじゃないから、彼女から言い出すまで、余計なこと言っちゃいけないと思って」
レモンスカッシュのグラスを手にして、小鳥はひとくち飲み込んだ。
「そうだな。そう見えても、あまり言わないほうが良いかもな。花梨ちゃんだってもしそうなら、何が悪くて、そして自分も傷つけていることはわかっていると思うな。ただ、どうしようもないだけで……」
「どうしようもないって?」
小鳥の隣の椅子に座った翔兄は、そこに無造作に置かれたカモメの合い鍵をいじりながら、言いかねる様子を見せている。言って良いのか悪いのか、迷っているように……。
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