27.胸を張って、見せつけろ

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 翔と私。嫌なことがあったけれど、ふたりで寄り添って忘れよう。ようやく嫌な出来事から一歩踏み出せる。そんな小鳥の気持ちをかき消すように、英児父が正面にいる部下にメモ用紙を差し出した。 「瞳子さんの携帯番号、それから、待ち合わせ場所だ」  もう二度と会わないと、彼は心に決めてくれていた。それを小鳥の前で、もっと言えば、その時一緒にいた英児父の目の前で『二度と会わない』と言い切ってくれていた。  なのに。上司である英児父から、そのメモを差し出している。まるで『会ってこい』と言わんばかりに……。  翔にとって必要がなければ、英児父は元恋人との中継ぎをしようだなんてしないはず。『別れたんだろ。無闇に会うな』と言ってくれるはず。人妻をたとえなにもなくとも一晩でも泊めるなと注意をしてくれたぐらいだから。  それでも父は部下の彼に言う。 「おまえ達、まだ終わってねえ。これが最後だ、翔。しっかりやってこい」  だから英児父は瞳子さんからの伝言を翔に伝え、そして翔にも行くようにメモを渡す。それが英児父が促したい方向なのだと言いたいらしい。  妙な間があった。翔が小鳥の隣で躊躇っているのがわかる。  そして小鳥もそんな彼を見ることができなかった。 「わかりました。会いに行きます」  社長デスクから、翔が待ち合わせのメモをつかみ取った。  そのまま彼は事務所を出て行ってしまった。気まずいから? それとも、小鳥には関わって欲しくないから?  彼が長い春を共にした元恋人に会いに行く――。心落ち着かない、でも、思ったより嫌な思いはもう湧いてこない。そんな自分に小鳥は一人で驚いている。
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