29.大人のお別れ

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29.大人のお別れ

 わかった。行くよ。  戸惑いはあったが、小鳥は彼にそう返事する。 「道後にあるカフェなんだ。駐車場もあるから車で行ける」 「道後のどのあたりなの、教えて」  私はMR2で、お兄ちゃんはスープラで。そんないつもの感覚だった。 「小鳥もスープラだ。行こう」  強く言われる。なんだかいつもの翔ではない感じで、小鳥は当惑する。  元カノのところに、『子供に手を出した』と言われた新しい恋人を連れて行くから? 彼もとても気構えている。  翔のスープラはガレージ前の従業員駐車場にあって、彼の車から英児父がいる事務所はよく見える。 「行こう。瞳子も、もう今夜しか出てこられないそうだから」  なのに翔は父親の目を気にすることなく、小鳥を連れていこうとしている。  ――子供が、男と女のケジメの邪魔すんなよ。  意地悪く言われたけれど、いざ彼が連れて行ってくれるというと、英児父の言葉が一理ありすぎると思ってしまった。 「翔兄、やっぱり……私、」  運転席のドアを開けた彼が解っているかのように、英児父をやっと気にした。 「俺が連れて行きたいんだ」 「その気持ちで充分だよ」  元カノに、いまの恋人はこの子だとはっきりと解らせるために連れていくのだと思っていた。 「違う。小鳥は、俺と瞳子と瀬戸田という、ずっと大人であるはずの年長者の俺達の関係に巻き込まれた『被害者』だ。どうして車を当てられたのか、そして殴られることになったのか。殴られたことで、客商売であるアルバイトを謹慎することになってしまった。全て、大人であるはずの俺達が巻き込んだからだ。知る権利がある。親父さんにもそういって、連れていくと伝えている」
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