29.大人のお別れ

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 まったく違うことを彼が考えていた。そして英児父にもきちんと伝えて、お嬢さんを連れて行くことも許してもらっている。  男と女なんて……。もしかすると他愛もないひとつの関係性に過ぎず、もっと大事なのは『それ以前の、大人としての関係性』。それがなっていなかったから、小鳥が巻き込まれた。どうしてこんなことになったのか。そして小鳥はそれに巻き込まれて、アルバイトを謹慎することになった。 「瞳子もおなじことを言っている。小鳥が会う気がないなら仕方がないけれど、小鳥が来てくれるなら、なにもかも話す覚悟もしているし、謝りたいと……」 「そ、そうなんだ」  彼が連れて行きたいと言い、彼女は覚悟している。元恋人同士の間で、小鳥に来て欲しいと言う。それならと、小鳥は助手席のドアを開ける。  シートベルトをすると、運転席に翔が乗り込んだ。 「これで最後だ」  シートベルトを締める彼が、自分に何度も言い聞かせているように見えた。  男らしい指先がキーを回しエンジンがかかる。長いデニムパンツの足がアクセルを勢いよく踏み込むと、スープラが唸った。   ✿・✿・✿    この街に観光に来るならば、この温泉街が目的になるのだろう。  明治の情緒が薫る道後温泉本館の前を通り、スープラはカフェへ向かう。  その道沿いを助手席で眺めていて小鳥は気がついた。 「もしかして。翔兄の実家の近く……?」 「ああ。うん。たまたまな。瞳子も実家が近いから、いつも……」  そこで彼が話している途中なのに言葉を止めた。小鳥も察した。ああもしかして、恋人だった時に良く通っていたカフェなのかなと。
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