29.大人のお別れ

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 結婚前の彼女は実家暮らしだったらしいから、彼と待ち合わせをするのにちょうど良いところだったのかもしれない。そこへ今の彼女を連れて行くことになる、だから、彼が躊躇って黙ったのだと――。  だが翔はため息をつくと、ちゃんと小鳥に告げた。 「仕事帰りによく待ち合わせていたんだ。道後らしい落ち着いた和カフェで、俺の仕事が遅くなっても、そこなら瞳子は歩いて帰ることが出来るから」 「和カフェなんだ。知らなかった、こんなところに」  元恋人との待ち合わせ場所だったことよりも、小鳥はつい仕事絡みになる『カフェ』に反応してしまった。  それを見た翔がちょっと呆れた顔をしたような……? 少ししてから彼がおかしそうに口元を緩めていた。 「なんだよ、そっちかよ」 「あ、うん……。だって。お兄ちゃんと瞳子さんが恋人同士だった時のことなんて、何も言いようがないじゃない。その時、私、子供だったんだし」  いまでも子供かも――と、心で付け加えていた。 「子供だった、もう大人だったも関係ないな。その時わからなかったことが、別れてから沢山わかった。もしくは、小鳥と一緒にいるようになってわかったことも沢山ある」  それって。良いことなの、嫌だったことなの。ふとそう思ったが小鳥は口にしたくなかった。 「長い春、質の悪い長い春。そうだったんだなと――」 「自分の恋をそんなふうに責めるの。なんか寂しいよ」
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