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まだ綺麗に不安を払拭できた訳ではないけれど。でも、やはり彼は大人だと思った。そして小鳥はこんな夜でも、今までどおり、その日にあったいろいろなことを彼に話して、そして困ったら相談して、そして教えてもらっている。
「良かった。俺の家に来るなり、急に玄関で泣き顔になってへたり込むから」
「ご、ごめんなさい。うん、でも、ハジメテの合い鍵。緊張してた」
笑うと、やっと翔兄も八重歯の笑みで声を立てて笑ってくれる。
「よーし。じゃあ、お兄ちゃんとハジメテの誕生日会をしよう」
そういうと翔は冷蔵庫を開けて、なにかの準備を始める。なんだろうと待っていると、小さなダイニングテーブルに、小さな苺の白いケーキが置かれた。
「今日の昼休みに、車を飛ばして買っておいたんだ。もう龍星轟の冷蔵庫にしまっておくのに、社長に見つからないかひやひやしたんだからな」
「えー、お兄ちゃんってこんなこと考えてくれていたの? こういうことって嫌いなのかと思っていた!」
照れくさくてちょっとからかうように言っただけなのに、そこで翔は黙ってしまった。黙ったが、彼はそのまま静かにケーキの上に、細長く赤いろうそくを立てた。
「そうだな。俺、自分からこんなことはしたことがないな。彼女に言われてやっと気がつくというか。誕生日なんてなくても、普段の日が良ければそれでいいじゃないかと思っていた。たぶん……女には冷たい男……」
恋人と別れてしまった昔の自分を思い出してしまったようで、小鳥は『しまった』と顔をしかめた。
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