29.大人のお別れ

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 そこでまた二人が黙る。英児父にだいたい話した彼女と、英児父からだいたい聞いた彼だから、改めて多くを話し合おうとしていなかった。それは小鳥も同じで、もう知っているから改めて問いただそうとも思わない。 「ねえ。瀬戸田君、どうなるの」 「まだ判らない。顧客が被害届を出したら警察沙汰、裁判沙汰になると思う。そうでなければ、弁護士を挟んで示談かな。改めて保険屋を挟んで損害の精算になると思う」 「滝田社長が、なるべく私の不利にならないようにすると言ってくれたんだけど」  父親が彼女とそんな話し合いをしているのは、翔も小鳥もこの場で初めて聞いたこと。 「そうか。大事になると、瞳子のことも表沙汰になるのか。ご主人に……」  翔が口ごもる。その先を言うと彼女が不安がるだろうから。そして小鳥もここにきて、初めてハッとした。そうか。瞳子さんが翔兄を助けるような証言をすると、瀬戸田と不義理一歩手前まで足を突っ込んでいたことをご主人にばれてしまうのかと。  父親が『おまえは子供だから』と言って、翔と彼女だけの話し合いにしようとしたのも、こういうことだったのかもしれない。 「でも、もういいの。なんだか疲れちゃった」  そこで彼女がまた涙を蕩々と流し始めた。
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