30.小鳥と次にやりたいこと

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「も、もちろんよ。子供もいるからね。それにあの人も、子供が可愛いんだなと思えるような姿、ちらほら見せてくれるようになったしね」 「そうか、良かったじゃないか」  翔もホッと表情を緩め、いつもの八重歯の微笑みを見せた。  その時の――。瞳子さんの切なそうな眼差しを小鳥は見てしまう。きっと女にしか判らない、女の切なさと、強がり。  でも。それが瞳子さんが、この日、翔に見せて終わりにしようとしている姿なんだと小鳥には見えたから、だから、やっぱり間に入れない。 「あ、でも。最後にひとつだけ。翔に文句を言っておこうかな」 「な、なんだよ」 「部屋のこと。あんなに変貌しているとは思わなかった。部屋のインテリアなんてまったく気遣わなくて、車ばかりだったのに。アロマオイルのいい匂いまでして、なにあれ」  そんな時、瞳子さんが小鳥をあからさまに見た。でもその目にはもう女の情念のようなものはない。優しく彼女が、でも哀しそうに見えている。 「小鳥さんの趣味でもなさそうね。全然違うのね。私の時とは――」  翔が合間に飲んでいた珈琲カップをテーブルに置く。 「小鳥がじゃない。俺が……なんだよ。おまえと別れて、おまえがあの部屋に来なくなって、おまえが選んだものばかりが残って。俺って、どこを見ていたんだろうなと寒くなったんだよ」  彼女がおかしそうに笑った。 「そりゃそうでしょう。女が去ったのに、女みたいな部屋に取り残されたんだもの」 「それと同時に。俺はここにはいなかったのかもしれないと思った。まるで瞳子の部屋。逆に瞳子にも俺はいなかったから、あの時の部屋は瞳子の住まいみたいになってしまったんだと」
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