30.小鳥と次にやりたいこと

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「じゃあね。翔、元気でね」 「瞳子も。子供と頑張れよ」  道後の和カフェをでた入り口で、元恋人同士が別れた。  観光客が行き交う温泉街、ほのかな宿の灯りが落ちる夜道を彼女が歩いていく。  さよなら。これが、本当のさよなら。  でも二人は『さよなら』なんて言わなかった。またすぐに会うみたいな、いつもの『じゃあね』で別れた。一度は愛しあった男と女が、もしかすると別れるその時でも決して言いたくないひとことなのかもしれないと小鳥は思った。  胸が痛いよ。来た時は、ガッカリするほどくたびれて色褪せた女性になってしまったと思ったのに。小鳥が見送るその人は、あの大人の素敵な佇まいをみせて、凛と歩いている。 「大丈夫そうだな」  翔ももう、晴れやかな微笑みでその人を見送っている。  なのに。隣にいる小鳥の手を、彼がそっと握ってきた。やがてその手に力がこもる。  そうだよね。傍観者のように見ていた小鳥だって切なく思っているのだから。当人である彼にだって、胸に迫る何かがあるはず。  だけど、独りじゃないと彼が確かめている気がした。だから、小鳥も握りかえした。 「帰るか」 「うん」  手をつないで、スープラをとめている駐車場へ向かう。  白いトヨタ車の前まで来て、助手席側へと小鳥が向かおうとすると、離そうとした手を翔が強く握りしめ引き止めた。 「小鳥」  温泉街の夜明かり、彼の向こうには、のぼりはじめたばかりの月があった。  その月の下、妙に真顔になった彼が見つめてくれている。手をつないだまま、小鳥は首を傾げた。 「翔兄?」 「これで今度こそ本当に終わりだ」 「う、うん。そうだね」
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