32.カラダも生意気

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 だけどそれから幾分か日が経った頃、翔が知り合い伝で『瀬戸田、会社を辞めたらしい』と聞いてきた。  その時はふたりで驚いた。それは反省して辞めたのか、または、こんな屈辱的な土地にはもういたくないと思って自ら去っていったのか。それももうわからない。  翔の親友である長嶋さんからも連絡があったらしく『あいつ会社でも相当嫌われていたみたいだぞ』と――。そんな噂を聞きつけたとのこと。  もうあの男はこの街には戻ってこないだろう。親友がそう言っていたと翔が教えてくれた。    もう忌まわしいことは忘れよう。  いつまでも卑怯な男にひきずられることはない。  もう終わったんだ。いいな。    英児父の終息宣言にて、龍星轟はもとの日常を取り戻していた。   「ただいま」  日が長くなった晩春、彼が帰ってきた。 「おかえり、翔」 「今夜はこっちに来てくれていたんだ」 「うん。今日、スーパーで木の芽が売っていたんだ。翔兄と一緒に食べたいなと思って」  その季節にしかでない旬のものを見ると、『彼と食べたいな』とつい思うようになっている。そうして彼と季節をひとつずつ刻んで、一緒にあれをあの時食べたねとずっと思い出していきたいから。  もう出来上がっている天ぷらを見て、彼が感激の微笑みを、あの八重歯の微笑みをみせてくれる。 「うまそうだな。そうだ、俺も買ってきたんだ」  彼の手にもスーパーの袋。手渡されて覗くと『苺』が入っている。 「わ、高くて諦めたのに。買ってくれたの、翔兄!」  ありがとうと嬉しくて抱きつく。でも彼も笑って強く抱きしめてくれる。 「苺が大好きだもんな。たくさん食べて、もっともっといい匂いの身体になりますように」
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