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本当は怒っていない。怒ったふりをして、小鳥がわたわたとまだまだ子供みたいに慌てるところを、大人の余裕で見て楽しんでいる。これは彼の悪い癖、意地悪な癖。
でもその中に密かに……。『他の男に気をつけろよ。俺がこうなるんだから、他の男もおまえの身体を見ているからな』と釘を刺しているのだともわかっていた。
「小鳥、行くぞ」
「はい、いま行きます」
就職して一年が経ち落ち着いてきたので、今日は翔と前から決めていたことを伝えに行く。
英児父に『結婚前提の同棲』を許してもらい、小鳥はいよいよ龍星轟の実家を出るつもり。
✿・✿・✿
車は一台で。今日、休日をもらっている翔のスープラで龍星轟に向かう。
車で走ると五分とかからない近所に彼は住んでいる。
「はあ、緊張するな」
「大丈夫だよ。お母さんには言っておいたから」
琴子母にはもう許してもらっている。
その母に今日は挨拶にいくことを前もって知らせている。
琴子母には、翔が越してから三ヶ月ほどした時に『翔兄とつきあっている。彼のマンションの合い鍵ももらった』という報告はした。
母からも『小鳥ちゃんもお年頃。お付き合いをしてもいいけれど。何がいちばん大事かわかっているわね』と強く言われた。つまり、女として取り返しのつかない無計画なことをするなという意味だと小鳥も察した。
もちろん小鳥は、それが妊娠するしないではなくとも身に染みていた。『後先考えずにお客様の前にでられない姿になって謹慎になったあの気持ち、忘れていません』と――。
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