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聖児も申し訳なさそうに項垂れた。
「ごめん。姉ちゃん。でも俺、先延ばしなんて嫌だったんだ。今日だって二人で勇気を出して来たんだ」
「聖児……」
その気持ちわかる。三年かけて、父親の目の前でほのかに伝えてきた小鳥だって、翔と一緒に気合いを入れてきたのだから。
予想外の事実を運んできた聖児の報告は、父親の意に反する報告。余程の覚悟で来たのは、姉にもわかる。
「もう聖児! お母さんも言ったわよね。女の子の身体は大事にしなさいって!」
やっと正気に戻った琴子母もここぞとばかりに叱りつけた。
「違うんです。お母さん。私が、私が……、聖児君とならと思って……」
スミレも顔を覆って泣き始めてしまった。
事務所の空気が乱れている。主も出て行ってしまい、かといって、オカミさんが収めるような事情でもない。
そんな時。翔がまた小鳥の手を握って……。
「オカミさん。今日は聖児とスミレちゃんと話し合ってください。そちらは先を急がなくてはいけないでしょう」
騒々しかった事務所に、すうっと涼しげな風が通りすぎたよう。どんな時も冷静でその時大事なことを判断する、クールな翔が凛と真ん中にいた。
熱くなってざわざわ乱れていた空気がひんやりと鎮まるような。クールな空気を吹き込んだ青年が、いつもの涼やかな佇まいで母に向かっている。
「俺と小鳥はまた出直してきます。いいんです。伝えられただけで。俺も、一度で許してもらえるだなんて思っていませんでしたし、その覚悟ですから」
「そうよ。桧垣君、その通りよ。また日を改めてみましょう」
そして母がそんな翔を見上げたかと思うと、深々と頭を下げた。
「娘を、よろしくお願いいたします」
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