7.エンゼル、ごめんなさい

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 峠岩肌が直ぐ側のインカーブ。そこで向こうがどう出てくるかドキドキしながら、でも、小鳥の心は燃えていた。こんな時にこんな血が騒いでしまう。 『おめえ、やっぱ俺の娘だわ』  父が助手席に乗って、悪い車のやり過ごし方を教えてくれたことがある。悪い車の役を清家のおじさんがわざわざやってくれた時の小鳥の切り回しを見て、そう言っていた。 『嫌なヤツには、ぜってえ負けねえ。俺の根性そっくりだわ。やりすぎんなよ』  悪い車はな――。ハンドルを握り直すと、隣に父がいるかの如くその声が蘇る。  インカーブ。小鳥の目線は前、そして一瞬だけ右をかすめる。思った通り、アウトラインから並んで抜きにかかってくる。こっちは争う気はない。アウトから楽々抜けるなら、今すぐここで勝ち誇って抜いていけばいい。それで済むなら……小鳥は祈った。  しかしその願い虚しく、最悪の予測通り、向こうから幅寄せをしてきた。外側から白いランサーエボリューションが、MR2を岩崖へと追いつめる。  父ちゃんがあの時、こうだって言っていた!  その言葉が小鳥の身体の隅々まで指令を下す。ブレーキ、クラッチ、ギア、アクセル、ハンドル。一瞬で駆使し、小鳥はインカーブを抜けた。  思いっきりアクセルを踏んで走り抜ける。  バックミラーに白いランサーエボリューション。向こうが唸りを潜め、後退していく。ほっとして小鳥は駐車場を目指した。  本当なら向こうを勝たせて満足させた方が、後々面倒なことにならないような気がする。父が言うところの『ムキになるな。負けて勝て』という言葉が、ああいう輩には最適な気もする。
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