1.今夜おいで

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「そして。聖児が言った通りだ。酒を飲むなとは言わない。仲間と酒でふざけて楽しみたいのが目的なら『エンゼル』はここにおいていけ」 『エンゼル』とは、小鳥の愛車、青いMR2のこと。小鳥だけのステッカーを貼っているのだが、そのデザインに天使が描かれているので、父親が『エンゼル』と呼ぶようになってしまった。 「飲酒運転に限らず、車で他人様に迷惑をかけた場合。その時はエンゼルと縁を切ってもらう」  たかが車かもしれない。だがこの家ではそうではない。車は家族同然。だから大事に乗る。それがモットーで親父さんのポリシー。『縁を切る』という表現は、この家では大袈裟ではない。 「わかっているよ。悪ふざけにも絶対に負けない。お酒で楽しむことよりも、エンゼルで走っている方が断然楽しいだろうと思っているから」 「わかった。その気持ち忘れるなよ、小鳥」  父の強い眼差しに、小鳥も強く頷いた。  身支度を済ませ出かけようとすると、琴子母に呼び止められる。 「小鳥ちゃん。今日はその恰好で行くの」  ハタチの誕生日、友達が集まって祝ってくれるのに。いつも通りの恰好だったからなのだろう。 「別に。いつもの仲間だから」  だけど琴子母は小鳥をじっと暫し見つめていた。 「なに。お母さん」 「そうね。可愛くしていくなら、本当に見て欲しい人ひとりで充分よね」  え、それってどういう意味。聞き返したくても、なにもかも見透かされていると気がついた小鳥は顔が熱くなるだけで言葉がでてこなかった。 「いってらっしゃい、小鳥ちゃん。あんまり遅くならないでね」  門限ももうなくなる。それも思い出した。
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