8.こんな時の、お父ちゃん

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 どうりで、今夜のダム湖には一台もいなかったわけだ。あのランエボを敬遠して、走り仲間がダム湖を避けていたことをやっと知る。そこへ、往年のスポーツカーで飛び込んできた小鳥は、恰好のカモだったらしい。  走りに負けて、後ろから荒っぽく抜きに行くとか幅寄せとか、背後を煽るとかならまだわかる。なのにアイツは駐車している車の正面から脅して、正面衝突承知の『チキンレース』を仕掛けてきた。あの喧嘩を一方的に売るヤツは軽蔑されるはずなのに。 「許せない。今度、会ったらとっつかまえる」  龍星轟の娘の血が燃えていた。    ✿・✿・✿  56号線の個人経営のドラッグストアで言われた物を買って、翔のマンションに戻った。  帰ってきた時には、英児父がオムツを替えてくれたせいか、赤ちゃんも落ち着いていた。 「これに、こうして粉をいれて。湯を注いだら人肌な」  綺麗に洗浄した哺乳瓶に、手慣れた手つきで英児父がミルクをつくる。 「よっしゃー。やっとメシだぞ。よーく頑張ったな。よしよし」  歳の割には筋肉がついている逞しい腕に、英児父が軽々と赤ちゃんを乗せる。なんの躊躇もなく哺乳瓶を可愛らしい口元に当てた。  赤ちゃんがすぐに吸いついて、ものすごい速さでごきゅごきゅとミルクを飲み始めた。 「これぐらいの大きさの子なら、もう離乳食も始めているな。けどな、最近の子はアレルギー体質の子が多いから見ず知らずの大人が安易に飯をあげられなくなってきたもんな」  これで足りるかな。父が心配そうに赤ちゃんを覗き込んだ。  それを若い二人は、ただ見ていることしかできなかった。
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