8.こんな時の、お父ちゃん

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「安心したわ。ヨリを戻すとかは思っていなかったけれどよ。おまえ、よく考えてみろよ。恋人ではなくなっても、大学時代のサークル仲間という繋がりがまだあるんだろ。その昔馴染みだからという良心で、泣きついてきた女を情けで一晩でも泊めてみろ。人妻だぞ。夫側にばれたら潔白でも、いまのご時世では訴えられるぞ。そういう巻き込まれなくても良いトラブルで痛い目にあって欲しくないんだよ」  それを聞いただけで小鳥は血の気が引いた。大人の事情はそんなふうに発展するものなのだと。これって翔兄にとってもの凄く危ないトラブルの元だったんだとゾッとした。やっぱり英児父に知っておいてもらって正解だったかもしれない。 「だから今夜は『二人きりだった』とならないよう、親父代わりの俺がおまえとここに泊まる。いいな」  上司のアドバイスと言い聞かせは、部下の青年にもきちんと理解されたようだった。 「ご心配かけます。お願いいたします」  話し終えるころには、赤ちゃんが英児父の腕の中でジタバタしていた。 「おー、飲み終わったか。いい顔になったじゃねえか」  赤ちゃんを目の前に抱き上げて、父は鼻と鼻をくっつけた。いま改めて、この親父さんは子煩悩なパパだったんだなあと小鳥は懐かしくなってつい微笑んでしまう。 「おまえぐらいになるともう、げっぷもできるかな。どれ」  肩の方に抱き寄せて、まるい赤ちゃんの背中を父がぽんぽんと叩くと『げっふ』と盛大なげっぷが飛び出てきたので、小鳥はついに笑い出してしまう。 「はあ。やっぱ赤ん坊のこの柔らけえの、ぬくいの、たまんねえわ。やっぱ可愛いわ。懐かしいなあ」
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