9.二人きりになれません

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「あー、おまえんとこに泊まらずに済んだわ」 「お世話になりました。本当に」 「けど、あれはどうもおまえのことを諦めていないような顔だったな」  父も気がついていた。そして小鳥も同じように感じていた。ひとまず『元ヤンの怖い社長』の言うことは聞いたふりをして、ここを抜け出ようとしただけ。心の奥ではなにを思っていたのだろう。小鳥に突き刺した女の執念のような視線がまだ痛い。 「見合い結婚では結婚で望んでいた条件の男を捕まえたが、女としては長い春を謳歌した男が忘れられねえことを思いだしちまったんかね」  大人の親父さんの言葉は、小鳥の胸にズキリと刺さった。  そして良くわかる。同じ男を好きになった女だから良くわかる。翔兄は背も高くて、普段は涼やかな眼差しでクールなムードを漂わせているけれど、八重歯をちらりとみせる笑顔がチャーミング。頭も良いし、落ち着いた大人の男になっている。将来性云々、結婚条件なんて考えなければ、『男』としての翔兄はすごくイイオトコだと思う。  こんなお兄ちゃんに抱かれたことがある女性なら、きっと、素敵な想い出になっているに違いない。そう思う……。その良さを彼女は思い出して、恋しくなってしまったのだろうか。 「よっしゃ。小鳥、帰るか」 「え、帰る?」  やっとお兄ちゃんと二人きりになれると思ったのに。 「てか、おまえ。なんで翔のところにいたんだ」  問われて、小鳥と翔は改めてぎくりと固まった。 「あー、その、あ! 峠でランエボに襲われて、すぐにお兄ちゃんに電話したの。そしたら、お兄ちゃんは赤ちゃんと二人きりで困っていて……だから……」
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